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私の読む「源氏物語」ー86-手習3-3

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「姿が尼に変りなされたならば、その変った女の様子を少しでも私に見せなさい」
 と言う。
「せめてその変った尼姿を見るだけを、かつて少将が、女を私に見せると約束した、少将の証拠にしてくれ」
 責め立てられるので、少将尼は浮舟の部屋にはいると、彼女は人に見せたくなるほど美しい姿でいた。上に上着として、薄い黒色で模様を織出した絹(綾)と、下の単衣との間に、柑子色の着物など、落ちついた色の物を着て、大層小柄で。萱草は、黄色に赤黒味のある色。当世風の花やかな容貌に、尼剃ぎにした髪は、五重の檜扇を広げたように、厚く房々と豊富で、うるさい程沢山ある裾の様子である。肌のきめがこまやかで、可愛らしい顔の様子で
化粧を上手くしたように赤く艶やかに美しい。仏前で勧業をするが、まだ、数珠を持つのをきまり悪がって数珠は
近いところの几帳に掛けて、経典を心を込めて読んでいる姿は絵にしたいほどである。その姿を見ると少将尼は涙があふれ出る気持になり、自分にもまして、浮舟に懸想する中将は、どんな思いで、浮舟を見るであろうかと同情して、なんかの機会に、中将に、襖の懸金の所にあいていた穴を教えて、中将が覗見するのに邪魔になる几帳などを除いた。中将は覗き見て全く、これ程美しいとは思ってもみなかった。自分の思い通りの美しい人を女を尼などにしたと、浮舟の出家を、自分がおかした行為かも知れないように、中将は惜しく、悔しく、悲しいので、我慢しきれなくなって、気の狂いそうな程まで泣き悲しむ、声は勿論身ぶりまでも、襖越しに、きっと浮舟に聞えるに違いないから、その場から立ちのいてしまった。中将は、これだけの女を行くえ不明にして尋ねないと言うことはあるまい。また、その人の娘とかあの人の娘とかが、行くえもわからなく、また跡をくらましてしまっているとか、もしくは、男の冷淡を恨んで嫉妬して、世を捨ててしまったのである、などと言う噂は自然に世の中に広まっていくものであるが、噂が一向にないなどは、いくら考えても、不思議に思うのである。然し尼と言っても美しいこのような人は、嫌であると自然考えられまい、などと、中将は思うので細やかに妹尼に語る。
「あの女が世間一般の俗体では、私に逢い男女の語らいを遠慮することもあったであろう。だが、こんな尼姿に、なったからには、何としても、私は気楽に御話しすることが出来るのですよ。そのような尼姿では、却って心安く御話も出来ると言うようにおっしゃってください。また、私は、かつて、ここに通って来た亡妻が忘れ難いので、今でもこのように参上する上に、別にまたもう一つあの女への気持ちを込めて参上いたしましょう」
「将来が、あの女は心寂しく、また気がかりな状態ですので、貴方が真面目な気持で、彼女を忘れることなく訪問していただければ、私は大変嬉しいので、考えて置きましょう。私がこの世におらなくなった後が、彼女が可哀想に思っています」
 と言って妹尼は涙を流すと、この尼君もあの女も切れない関係の親戚などであろう、あの女とは一体誰なのかと、中将は分からなかった。中将は、
「あの女のこれからの後見は、何時死ぬかわからず、力になりそうもない身なのであるけれども、尼君に、今一つ心ざしを添へて、などと申してしまったから私の心は変わりません。彼女を当然捜す男は、本当におられないのか。そのような点が、どうもはっきりしないので、格別に遠慮しなければならない事ではないけれども、遠慮はいらないと言ってもやっばり、彼女と私との間に、しっくりしない点がある気がいたしています」
「世間の人に、当然わかるはずの姫君の姿で、浮舟が、この世に暮らすならば、捜してくるような人もあるでしょう。彼女は、御覧のように尼姿になって、憂き世を思い限った姿であります。心の意向も、出家とぱかり思われまする」
 など妹尼は中将に語る。中将は浮舟に歌を贈る、

大方の世をそむきける君なれど
   厭ふによせて身こそつらけれ
(私を嫌ったのではなくて、おしなべてのこの世を、捨てたのであった御身であるけれども、その捨てたのは私を嫌うようにかこつけられるために、私は自分が情なく恨めしい)

 心遣い細やかに、情愛深く浮舟に言っておられたことを少将尼は彼女に伝えた。中将は、
「貴女の兄であると、私を思ってください。貴女にとりとめもないこの世のことなどを、兄として話して私の心を慰めよう」
 などを取り次ぎを通じて言い続けた。
浮舟は、
「意味深長であるような、御身の物語など、私には理解出来ないのが残念です」
 と答えて、「厭ふに寄せて」の歌への返歌は、無かった。
 私は思いがけなく匂宮などとの事も、かつて体験した身であるから、男との交際は、気乗りがしなく嫌である。何もかもすべては、奥山の朽木などのように人に見捨てられて生涯を終わるのである。と浮舟は振る舞った。そのように諦めたから、今までは絶えず塞ぎ込み、何事かを考え込んで沈んでばかりでいたけれども、出家の希望が実現してからは、彼女は晴れ晴れとしてきて妹尼と雑談などをして冗談を言い合ったり、碁などを打って日を送って暮らしていた。仏道の勧業は良く行って、法華経はもとより、法華経以外の経文なども多く読んでいた。雪が深く積もって人が余り現れないようになると、小野の山里と言う通り、気分を晴らす方法はないのであった。
 年も改まってしまつた。でも春の兆しはここ小野にはなかなか現れず、谷川の水が凍ったまま融けずに川音が聞こえなくて返って心細く、「御身(浮舟)故にいかにも思慮判断もなくなっている」と、言われた匂宮は、「恨めしい」と、諦め捨ててしまったけれども、匂宮に心が残っているのであろうか、それでもやっぱりその時のことが忘れられなくて、

かきくらす野山の雪を眺めても
   ふりにしことぞ今日も悲しき 
(あたりを暗くする程沢山降る、野や山の雪を、今つくづくと眺めていても、古くなってしまった昔の事が、いかにも、今日も亦思出されて、悲しい事である)

 いつもの慰めの手習いを仏道修行の合間にする。自分が姿を消して、この世にいなくなって、一年を経てしまったけれども、私を思出す薫や匂宮や母君も元気であるのかなあ、昔を想い出すことも多くなった。若菜を摘んで、粗末な籠に入れて持ってきてくれた人があって、妹尼はそれをみて、若菜は、長寿を祝福する意味のもので、

山里の雪間の若菜摘みはやし
   なほおひさきの頼まるるかな
(山里の雪の消えている間の若菜を摘んで珍重し、御出家の今でもやっばり、御身の将来の長寿が、自然にあてにせられまするなあ)

 と、浮舟の許に贈ると、

雪深き野べの若菜も今よりは
    君がためにぞ年もつむべき
(春もまだ来なくてつらい身の私は雪の深く積っている野べの若菜も、今からは、御身のために、摘み又御身のために年も積み長生きをしましょう)