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私の読む「源氏物語」ー82-蜻蛉

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 と言って、涙にむせんでいた。家の中も女房達の泣く声だけが聞こえてきて、その中に乳母であろう者が、
「姫様よ、どちらに御いでなされてしまったか。御帰り下されませ。魂の無い遺骸さへ見れないとはなんたる悲しいことでしょう。私が明けても暮れても毎日、御顔や御姿を見申しあげて、薫に迎えられて御幸福におなりになるのを析りますことで生きがいのあった私ではございませんか、その私を置いて、このように行方不明になるとは、
荒々しく恐ろしい鬼神でも、姫を自分の物とすることは出来ないと思う。誰もが大切にしている姫であるから、帝釈天王と言えども御返しなされると言う事である。もしも姫を殺したとすれば、その下手人が、人であれ鬼でもあれ私に返せ。御遺骸なりとも、見申しあげたいと思う」
 と、乳母が言い続けている事で、合点の行かない、遺核がない、由などがまじっているのに時方はおかしな事だと思い、
「本当のことを言ってください。もしや、薫大将が隠されたのか。私は確かな事情をきっちりと御聞きしたいと思う、私は匂宮の代理で参った者であることをお忘れ無く。今は、亡くなられたとしても、人に隠されたとしても、何と言っても仕方がないことであるが、事実を匂宮が後からお聞きになった場合、私の報告と違う点があったならば、たとえ宇治まで事情を聞きに直接参上し、真相を伝えているとしても、その使たる私の罪となります。また、匂宮が、たとえ死んだと言っても、どうして死ぬ事があったのか、あるまいと、それを万一の希望にされるので、真相をたしかめに右近や侍従に対面せよと、仰せになったお気持ちを、勿体ないとは貴女達は思われないのか。色恋の道に御迷いになる事は、異朝(シナ)にも古い例などがあるのであるが、匂宮のような、このように熱烈な御情愛は、この世には例はないと、私は匂宮を見ています」
 と時方が言うのを侍従は聞いていて、匂宮の御情愛は例がないと言う通り、全く、有り難い感謝に堪えない御使である。自分が隠していても、このような普通でない浮舟の失踪は自然と匂宮の耳にも入ろう、と思って、時方に、
「どうしてか、少しでも、薫などが、浮舟を隠していると、当然思いつくことがあれば、その場合には、どうして此処におります者がこのように大騒ぎすることがありますか。思い当る点がないので皆が騒ぐのです。浮舟が今まで匂宮のせいで気持が定まらず悩み続けていましたが、薫大将が、しつこく匂宮との仲を、それとなく仄めかし、歌などにそのことを詠み込んで浮舟に送ることなどがありました。浮舟の母親も、あのように喚いている乳母も、最初から縁のあった薫の方に、御越しなされるであろう、その方がよいと、勝手に京への準備を急いで始めるので、浮舟は匂宮のことは人に知られないよう胸一つに納めて、匂宮の愛情は勿体なく、また自分もしみじみと恋しいと、胸に固く秘めておいででしたので、心が乱れたのでしょう。浮舟があきれるほど心神喪失の状態になったので、乳母も途方に幕れているので、こんなにひがんだ気持に鳴って、愚痴ばかりを言い続けているのであります」
 侍従は事情を話すものの然しながら、ありのままではなく、それとなく事実を語る。それでも時方は納得がいかず、「そうか、皆が惑うて混乱している折であるならば、また落ち着いた時に参りましょう。立ち話も、簡略で、失礼なようである。私の報告を聞けば、匂宮も自身でここへ来られるでしょう」
「それは有り難いことです。このようなことの後で、浮舟の秘密を、人が知るような事も、亡き浮舟のためには、匂宮の愛人である事は、薫一人が通いなされるよりも却って、浮舟にとっては立派な宿運であると、人には見えるでしょうが、浮舟が、匂宮との関係は表に出さぬように気にしていたことでありますから、匂宮もこの秘密を外に漏らさなくて終わりにしていただくことが、亡き人の魂への気遣いというものです、この宇治では、浮舟は普通の死でなく、横死のように亡くなりなされたと、人に公表する意志はない」
 と、万事につけて紛らわしているようであるが、紛らそうとする態度を見ていると自然に、遺骸のない葬迭である事も時方に分かってしまうであろう、と侍従が思うので、時方を何とか納得させて帰って貰った。
 雨がひどく降っている中に母親の常陸介の北方が宇治へ来た。悲しみは言うまでもない、彼女は見る目の前に遺骸がある悲しさは当然のことで、死というものは避けられない世の通例であり外にも例は沢山ある。然しこの様はどうした事ですか。母親は遺骸のない娘の死にとまどっていた。匂宮との秘密の関係があるので浮舟が思い詰めていたことは知らない母は、我が娘が宇治川へ身投げしたとは考えもつかない。鬼に食われたのか、狐の類が連れ去っていった。昔物語の、不思議な何かの事件の例にこのようなことがあったと、思い出していた。そうして別にまた、あの、恐ろしいと浮舟が思っている、薫の正夫人、女二宮がそばにいる、当然意地の悪い乳母などが、浮舟を殿が夫人として迎える、と言うことを聞くと、思いの外に反対して、浮舟をだまして誘拐したのであろうかと、母は下働きの女達を疑い、
「最近雇い入れた、まだ気心が分からない者がいるか」
 と問うと、側の女房が、
「宇治は世間離れをして辺鄙である、と言うので、ここに住み馴れない、新参の女房は、宇治では、ちょつとしたつまらない仕事も、よう、しませんで、今直ぐに帰ってきます、と言って、新参者はみんな、京移りに急がねばならない支度の物(縫物や洗い張りや)などを携帯しながら、宇治は不便なので各自の里(京)に帰ってしまいました」
 元からいる古参の女房でも、一部は、いなくて山荘は人が少ない折であった。
残っている侍従らは日ごろの浮舟の悩みを思い出して、死んでしまいたいと、浮舟が泣いているのや、折に触れて書き置いた文を見ると「亡き影に」と、習字した反故が硯の下にあるのを侍従が見つけて、身投げしたのかと、宇治川の方をじっと見つめて、烈しい音のする流れを聞くと、気味悪く悲しいと侍従達は思いながら、
「そう言う次第で、宇治川に入水して亡くなりなされたかも知れない浮舟であるのに、入水したことを、何とか彼とかはっきり言わなくて、わいわい大騒ぎをするので、母や匂宮や薫などのどなたもどなたも」
「浮舟は、どんな有様になってしまいなされたのであろうか」と、母や匂宮や薫達がもしも不安に思いなされるとすれば、それも気の毒な事である」
「匂宮との隠れた関係も浮舟が自分で進んで関係を持ったのではない。親としては、浮舟の死後に、匂宮との一件を聞かれたとしても、相手が親王という高責な匂宮であるから、恥ずかしいことではないからねえ。だから、事実通りに、その一件を申しあげて、浮舟の死の悲嘆と、その上、このように浮舟がどう言う様子になったかわからない不安な点などをまで、あれやこれやと、母が思案にあまって悩むのを和らげてあげましょう」