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私の読む「源氏物語」ー79-東屋3-3

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少将の扱いを常陸介はまたとない大切な事に考えて動き廻って、北方に、
「お前は、不体裁にも、私と同心協力して聟の世話をしない」
 小言を言うのであった。 少将の婚約破棄は情なくつらく、この男により浮舟にこんな、どさくさなども起きたことだと、北方がこの上ない大事な娘と思う浮舟が、こんなひどい事情であるから、つらくもあり、情なく心外にも思うので、少将の世話は、殆どしなかった。少将があの匂宮の前でまともな人間らしく見えなかった事は、北方は
ひどく軽蔑してしまったのであったから、浮舟の聟にどうして成ってもらえなかったのかと、残念に思うことは止めることにした。だが、常陸邸では少将はどう見えるであろうか、まだ少将がくつろいだところは見ていないが、と北方は思って少将がくつろいでいる昼に彼の住む対へ行って物影から覘いてみた。彼は模様を織り出した白い絹地で、糊気の工合のよい上衣(直衣)に今様(薄紅梅)色で、艶を出すために槌で打った跡(擣目)なども、つやつやと椅麗な内着(袿)を直衣の下に着て、西対の端近な所に前栽を見ている姿は、どこも見劣りしないで、大層綺麗なようであると見た。常陸介の実娘第二女はまだ子供っぽくて、暢気な
様で脇息にもたれていた。中君の匂宮と並ばれたときのことを思い出すと、この二人は見落ちがするよと北方は見ていた。少将が前にいる女房達に、何か、冗談などを言って戯れているのは、以前に、二条院で見たように、つやつやとした美しさはなく、また不体裁で下品なようにも見えないから、北方は、二条院の御殿の前にいたのは、これと別な少将なのであったかと、思っていると、丁度その時少将が女房達に話す事はなんと正しく、匂宮の御供の時の話であった。少将は、
「匂宮家の萩は真に見事なものであった。何処かにあの種があればなあ。同じ枝ぶりなどで、よそのよりも大層あでやかなのは珍しい。先日、匂官邸に参上して一枝所望しようと思ったが、匂宮が邸を出られるところで貰うことが出来なかった。「移ろはむ事だに借しき秋萩に折れぬばかりも置ける露かな」色の変る事だけでも残念であると宮が誦されるのをお前達若い人に見せてやりたかったよ、そうすりゃころっと宮に靡いてしまっただろうよ」
 と言って自分も歌を詠んだ。 
「いやもう。浮舟との婚姻を破約した卑劣な根性の程度を考えると、人間とも思う事が出来なく、匂宮の御前での見る影も無かった、見すぼらしい姿は
全くこの上なくひどいものであったのに、得意げに、今、何を女房達に語っていたのであるか。歌でもあるまいに」 と北方が呟くが、然しながら少将はさすがに、全く風流の分からないようなこともないようで、そこで北方は試しに歌を詠んで、

しめゆひし小萩が上も迷はぬに
    いかなる露にうつる下葉ぞ
(かつて、婚約をした浮舟も私も、約束を守って迷わないのに、どんな露(女)に色(心)の変る下葉(御身)なのであるか。浮舟を妹に乗り代えたではござらぬか)

 と取り次がせてやると、少将は姑を気の毒に思って、

宮城野の小萩がもとと知らませば
    露も心を分かずぞあらまし
(もしも浮舟を八宮の子供と知っておるならば、少しも、心を外の女に、いかにも移さ(分け)ないのであろうになあ)
 どうかして、貴女に私自身直接に申しあげ、その事(心変り)を釈明致したい」

 と言ってきた。亡き八宮のこと少将は誰かから聞いたのであろうと、北方が思うと、浮舟が八宮の姫君である事などを知っているならば、浮舟を、どうにかして中君と同じような身分にしようと、北方は一段と思うのであった。そのことを考えると、薫の様子や顔が恋しく、目の前に影となってちらついて見えるのである。匂宮も薫もどちらも美しい殿方と北方は見ていたが、匂宮は浮舟を問題にしないので、北方には匂宮は気にかからない。また、軽く考えて、浮舟のいる部屋に乱入されたのかと思うとしゃくにさわる。薫君は浮舟のことを聞きただし、御思い(懸想)なされる気持がありながら、然しながらさすがに、出し抜けにも言葉をかけたりなどはしないで冷静な(そ知らぬ)顔であるのが、えらい。北方は自分のような者でも色々と薫のことを思い出すのであるから、若い人達は自分以上に、自分が今思っている風に薫のことを心に染み込ませているのであろう。一般に聟にしようと、左近少将のように憎らしい男を心にかけるような事は、見苦しい事である。などと北方はただ浮舟のことが気にかかって、ぼんやりして、じっと物思いばかりしてこうしよう、ああしようと、総てが都合のよいような予想事を、薫を婿にとも、次から次へと考
えるのであるが、実現することは至難である。


 薫は、身分・地位などがきわめて高い方である、また、北方の女二宮は、浮舟よりも、もう一段と勝れて、並々の方ではない。浮舟がどれ程の美しさであれば、薫は心を留めるであろうか、世間一般の、人の様子を見聞すると、優劣は、卑賎とか、また、高貴である身分の相違に従って顔かたちも気持も、当然、種類があるはずのものなのである。夫との間の子供を見ると浮舟に似た子もいる。少将を夫がこの家にはまたとない立派な人物と思うのであるが、かって匂宮に見較べてみた時は、見すぼらしかった故に、人には、身分の重要さを推量する事が出来る。だから帝の御寵愛娘女二宮を手に入れたような薫の目を移すものとして、浮舟を見る場合には浮舟は大変きまり悪く、当然気の引ける娘であるなあと、思うと、北方は何と言う事なしに、どうしてよいか分からないので放心していた。
 浮舟のいる三条の隠れ家は、浮舟には、何のなす事もなく手持無沙汰で、庭の草までも気分の塞がる心持がする上に、坂東訛りの声をした、身分の低い常陸介の家来達ばかりが出入し、退屈しのぎに見ようとも前栽には花がない。家の内はまだ整理がつかずに荒れたままで気分爽快に暮らしてはいけない、そのような時に中君のことを思い出すと浮舟の若い心は恋しくなってきた。あのとき、腹の立つ無理な事をしようとした、恐ろしかった匂宮の様子までも、無理な事ではありながら、さすがに、今となっては自然に思出され、そうして、また、何という意味であったのか、あの夜多く語られたしんみりとした調子の言葉は、匂宮の去った後に残った、珍しい香りの移り香もまだ残づている気がするので、怖かったけれども浮舟にはなんとなく思い出していた。母君の態度を取っているので、頼りになるであろうかと考え、しんみりと、母親の情愛の深い文を書いて浮舟に送った。母は通り一遍でなく、私を可哀そうに思って世話して下さるようであるのに、その世話の甲斐もなく、私は母君に世話せられっぱなしであると、泣かずにはいられない、母の文は、
「本当に隠れ家の毎日は退屈で、まだ経験がない心配な気持ちでしょう。然し、もう少し我慢して過ごして下さい」 と書いてある返事は、
「退屈な毎日は何がありましょうか、何でもありませぬ。陽気に過ごしております。

ひたぶるに嬉しからまし世の中に
     あらぬ所と思はましかば
(この隠れ家を、すっかり憂き世でない所であると、もしも思うならば、私は一途に嬉しい事であろうのに)