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私の読む「源氏物語」ー74-宿木ー3-1

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宿 木

 この帖は〔椎本帖〕の初め、または、〔竹河帖〕〔橋姫帖〕などの末頃から二、三年経た頃のことであるが、その二、三年前の頃藤壺という女御が、帝がまだ春宮であった頃に元服の式があり、その夜添い寝役として宮中に上がり、三歳若い春宮を男にして結ばれてから二人の仲が良くり、夜の閨での睦ましさは宿直の女房の口から広まっていった。女御は麗景殿女御と呼ばれたが、春宮はやがて朱雀院の後を継いで帝の位に着くが、彼女を妃とはしないで身分はそのまま女御で、帝はやがて明石中宮を妃として迎え、二人の間には多くの子供が出来た。
 藤壺は帝との仲が緊密であったにもかかわらず子供に恵まれず、二十年後に姫が一人、女二宮に恵まれた。そのことが藤壺は悔しくて、明石中宮の勢いに押されたのは自分の宿縁である、然しこの女二宮だけは
幸福な身の上としてあるように、どうかして育て上げたいと、その世話は普通の人以上に力を入れていた。その成果が現れたのか女二宮は姿形が際だって美しく、帝も大変可愛がりなさった。
 然し帝は明石中宮腹の女一宮を何にもまして優雅に育て上げるので、女二宮の評判は女一宮にはとうてい及ぶことが出来なかったが、内裏での生活は二人はさほどの違いがなく、藤壺の父左大臣の権勢が、かつて在世時代に盛大であったその余勢が未だに遺っているので藤壺の経済状態はまだ健在で、側に仕える女房達の衣裳や調度品なども時節時節に応じ調製し流行に遅れず花やかで、帝の女御に恥じない暮らしを送っていた。
 女二宮が十四歳になった年、女の元服である裳着の式をしなくてはと、藤壺は春より準備を始め、裳着以外のことは全て捨ててしまって、娘の儀式を普通でない立派なものにしようと考えた。この年、後に問題になる薫は二十四歳、匂宮は二十五歳である。藤壺は世間並みでない儀式にするために、昔から実家の左大臣家に伝わる名宝を、この機会に皆さんに紹介しようと、自分で蔵に入ってあれこれと見つくろって、出品物を決めた。ところが藤壺は夏頃から体調を崩してあっけなく実家の左大臣家で亡くなってしまった、帝はそれを聞いて彼女の死を嘆き悲しんだ。藤壺は性質が情深く人とこだわりなく接する所がある女で、人から好かれていたので、上達部も彼女の死を聞いて、藤壺女御が亡くなられたことは、物寂しいことであると、彼女の死を惜しんだ。内裏で働く女官の中で藤壺とは面識もないような下働きでも、藤壺の死を悲しんでいた。女二宮は若いので母の死を心細く悲しんでいるのを帝は、可哀想に思い四十九日の服喪中であるので、目立たないようにして、女二宮を里から呼び寄せて、毎日のように彼女を訪れて慰めていた。
 女二宮は母の死の悲しみで喪服の黒の衣を纏った姿がやつれたように見えるが、それが彼女を色っぽく艶やかな感じが増したように見えた。態度も一人前の女のようになり、母の藤壺女御よりも少し、慎み深くて、重々しく落ちつきある感じが優れたように感じるのを、帝は安心してみていたが、心では、藤壺がいかに左大臣家の出であっても、今現在は女二宮の後見と頼みにするような伯父などもなし、かろうじて大蔵卿とか修理職の長官などと言う者がいるが、これとても藤壺とは母が違うのある。これとても世間の信望が重々しくもない役であるから、このような身分の低い者が女二宮の後見となっても彼女が苦しむだけのことである。女二宮の世話は、帝自身だけであるように考えて、二宮の面倒を見るのも苦労の多いことである。
 清涼殿の東庭の白菊の花が、霜のために、色がすっかり変ってしまって見頃である頃に、空の趣も、しみじみと寂しく悲しく過ぎて行くにも帝は先ず女二宮の許を訪れて、二宮の亡き母、藤壺の思い出話などを話していると、彼女は大ようでおっとりしているが子供じみたところがなく、父帝との受け答えもはきはきとしているので、帝は何と美しい我が娘よと見とれていた。心の中で帝はこのように可愛い娘の性質を理解してくれる者が婿となってくれて大事にしてくれればよいが、そのような男はいないであろうか。朱雀院の女三宮を源氏の許に嫁入りさせるときに色々と相談に載ったことなどを思い出して、あのときは、皇女の降嫁は良くないことである。婚姻をしなくても、皇女であるならば独身でいる方がよいと、朱雀院に注意したこともあったが、それでも源氏の許へ嫁がれた。そうして薫が生まれた。その薫が人よりも性格が良くて、母の女三宮の面倒をよく見ているから、女三宮の評判は未だに堕ちることもなく過ごしているのであろう。そうでなければ女三宮の心以外のことが起きて、人から軽く見られることもあったであろう。帝はそんなことを考えて、自分の在位中に女二宮を嫁に出そうと思うのは当然のことで、帝は薫を二宮の婿に、それ以外の男は居ないと決めた。帝は思った、内親王達の中に薫を婿として並べても、釣り合わないことはない、薫は宇治の大君を慕っていたそうであるがその大君も今は故人となったから、二宮には何不足はあるまい。薫もさし当たって本妻を決めるようなことはあるまい、もしそういうことであれば彼が本妻を決める前に女二宮の婿にと、それとなく仄めかしてしまおうか。帝は色々と考えを巡らしていた。 女二宮と碁を打ちながら帝は暮れゆく庭を眺めると折から時雨が降り白菊の花に夕日に当たって輝いているのを見て、側の控えの者を呼んで、
「今誰が殿上しているか」
 と問うと、侍従が、
「中務の親王、上野の親王、中納言の朝臣がおられます」
 と返事をした。
「中納言の朝臣をここへ呼びなさい」
 と中納言の薫を呼び寄せた。このように特別扱いで帝の前に召し出すのも召し出す価値がある、薫は遠くから匂ってくる良い香りの体臭から、外の人と違っている容姿風情をしているのであった。帝は薫に、
「今日の時雨は平素より特にしっとりとして落ちついているけれども、藤壺女御の喪中で、管絃の遊びなどは、出来ないので退屈なことである。暇つぶしに、碁、である
と帝は碁盤を持ってこさせて薫相手に一局差し始めた。薫は度々帝から呼ばれれて側近くで応答することに慣れているので、いつものように近くに呼ばれるのであろうと思っていると、帝は、
「よい賭物は、たしかにあるが、軽々しく渡す事はできまい。けれども、それ以外に、何をまあ賭けようか」
 心に女二宮を賭物としようと帝は考えているのであるが、薫はそれをどう取ったであろうか。薫は賭物を女二宮と感づいたので、非常に気を配って相手した。
 さて碁の成績であるが、三番勝負に帝は一番負けた。帝は、
「一番負けたのは残念である」
 と薫に言って。
「まづ今日はこの一枝だけ折ることを許す」 と言われたので薫は返事をしないで庭にすぐ降りて菊の綺麗なのを折ってきて。

世の常の垣根ににほふ花ならば
     心のままに折りて見ましを
(世間の一般の人の家の垣根に匂うている花であるならば、思う通りに、折って見ましょうものを。御前の花は、心のままにはなりませぬ)

 と詠う薫の態度には何か用心深いところがある。帝は、

霜にあへず枯れにし園の菊なれど
    残りの色はあせずもあるかな