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私の読む「源氏物語」ー52-若菜 下ー3

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おきて行く空も知られぬ明けぐれに いづくの露のかかる袖なり
(起きて出て行く方角も知り得ない明けぐれに、どこの露がかかって濡らす私の袖なのであるか。すべて貴女の故に濡れるのである。)

 と涙に濡れた袖を広げて見せ冷たくされた自分の心を詠って出ようとするので、姫も気も楽になったのか

あけぐれの空にうき身は消えななん
  夢なりけりと見てもやむべく
(夜明け前の少しくらい空に辛いこの身は消えてしまいたいものである、昨夜の事は夢なのであったと考えることにして気を静めましょう)

 頼りなさそうにそれでも若々しく美しい様子で答えるのを柏木は途中までしか聞かないで出て行ってしまったが、柏木の魂は体を離れて三宮の体内にとどまっているようであった。 
 
 柏木はそのまま自宅には帰らずに父の前の太政大臣である頭中将の屋敷にこっそりと潜り込んだ。自分お部屋に入って横になったのであるが、昨夜の興奮が続き眠ることが出来ない、そうして昨夜まどろんだつかのまに見た夢のことを考える。獣の夢を見ると懐妊の知らせ、と言う謂われがある、柏木は昨夜の夢が正夢でないことを願うのであるが、古今集の「むばたまの闇のうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり(暗闇の中の逢瀬は現実であってもはかなくて、はっきりとした夢の中の逢瀬にくらべて、ほとんどまさっていないものだったよ)という歌が浮かび、三宮と体を合わしたことが夢であの猫の姿が真実であると、猫が恋しく思い出される。だがどう考えても自分は大変な過ちを犯した者である、生きていくことがはずかしい身になってしまったと、考えるのであるが、源氏婦人の三宮を犯したことは大変なこ
とで恥ずかしくて外出も出来ない状態になった。帝の御妃に対して過失を犯しもしもその秘密が露見した時にもしも、これ程、苦悩を味わうならば、その理由でたとい命がなくなるとしても辛いこととは思わない。しかし柏木の場合は臣下の夫人であるから大罪とはならないであろうが源氏から横目で睨まれ疎んぜられるとしたら、その事は
恐ろしく恥ずかしいことである。高貴の女性とはいえ、少し男好きの浮気心が存在し、表面は奥ゆかしく優雅であるが裏に回ると表面と違った欲望を持っている女は、なんでもない男に体を任せ互いに心を通わせ離れられない者もいるという。三宮は、高貴な女としての性格には少し劣るところがあるが、ただ少し過度な恐怖心の持ち主で、たとえば、自分の行動がすぐに人が見つけまたは聞きつけたかも知れないと感じ、それがきまり悪く恥ずかしく思うから屋内でも明るいところにいざり出ることが出来ず、情けない我が身であると、自分で思ってしまっていた。
「三宮が何となく体調が悪いようである」
 と源氏が聞いて非常に心配し、紫がこのように病に倒れているのに更に三宮までがと、早速六条院へ帰ってきた。
源氏が三宮を見ると、どこと言って苦しそうな様子も見えず、ただひどく恥ずかしそうに沈みこんで少しも源氏と目を会わそうとしないのを源氏は、久しくほったらかしにしておいたので恨んでいるのであろうと、可哀想で見ていられなく、紫の病状を細かく説明し、
「紫は危篤状態である。側を離れて薄情な態度を見せるわけにはいかない。
紫は幼いときに私の許に参り私が育て上げたようなもので、このときになって見放すようなことはとうてい出来ないから、総てを放り出して紫の看護に尽くしているのだよ。貴女を粗末に扱ってはいないことは、よくお分かりであろうが」
 三宮に諭すように云う。三宮は源氏が柏木との事を知らないのにこのように云われるにつけても、彼女は源氏が気の毒にまた済まないことをしたと心苦しく思い分からぬように涙ぐんでいた。
 
 一方柏木は三宮と違って夜這いをしてあのように三宮と体の関係が出来てから、却って恋しい気持が増してきて、起きていても寝ていても三宮のことばかりが頭から離れない。五月中の酉の日賀茂祭の当日などは、行列見物に競って行く殿上人達がみんなで誘いに来てくれるのであるが、柏木は気の抜けたような返事をして断ってただ庭を眺めて横になっていた。妻とした三宮の異母姉二宮を皇女として大切に扱いながら殆ど、親しく打解けて話をすることもなく、自分の部屋に籠もりきりで
ひどく、なす事もない物足らなさに、心寂しく物思いに沈んでおられた時に
賀茂祭りであるので子供が葵を持っているのを見て、

悔しくもつみをかしける葵草
     神の許せる挿頭ならぬに
(悔しいことに罪のようなことで三宮を犯したよ、源氏様が許されたかざしでない人を)

 と思えば思うほど悲しみつらさが増すのであった。

 賀茂祭りで世間は騒がしく、牛車のきしみの音などを柏木は自分に全く関係のないよそ事として聞いては自分から招いた、遣瀬ない寂しさで、祭りの一日を送るのが辛かった。北の方である二宮も夫柏木のこのような面白くなくつまらない気持ちが自然と分かり、原因は分からないながら柏木のこのような気の抜けた態度が、妻としては恥ずかしく、呆れて腹が立つので嘆かわしく思わずにはいられなかった。二宮仕えの女房達も殆どが祭り見物に出かけていって屋敷内は静かでのどかであるので、暫く考えていたがやがて箏の琴を出してきて懐かしい曲を弾いている姿は、さすがに皇女である優雅で艶めかしく聞こえてくるのであるが柏木は、朱雀院に姉妹いずれ所望するのであるならば、妹の三宮を今一歩強く望めばよかたものを。これもまあ運命というものであろうかと、柏木はまだ考えていた。

もろかづら落ち葉を何に拾ひけん
    名は睦まじき挿頭なれども
(鬘にする桂と葵の二つのうちの落葉である二宮を、どうして私は拾ったのであろうか。桂も葵もその名は仲のよい姉妹の挿頭ではあるけれども。)

 とそこにある紙に書き殴る。二宮を落ち葉とは、賀茂祭には、桂と葵を両方挿頭にするので「もろかづら(諸鬘)」と言う。この歌から、この後「二宮」を「落葉の宮」ど言うことにする。落ち葉とは失礼な言い方と思わぬか。
 
 源氏はごくたまに六条院に来ては三宮のことも考えル戸に乗員には返りづらく紫のことを心配していたが、そんなときに使いが来て、
「紫の上様が息が絶えられました」
 と、二条院から急な知らせがあった。源氏は聞いて一瞬何事か分からなかったが気持ちが真っ暗になって急いで二条院に向かった。道の途中が気が気でないのに、二条院に近づくにつれて、その辺りの大路にまで人が沢山出て大騒ぎをしていた。二条院の中は泣き叫ぶ者が多く何となく不吉な気配であった。源氏はもう無我夢中で屋敷に入ると女房が、
「この数日は、少し、気分が宜しかったのですが、急に、このように息が絶えてしまわれました」
 と源氏に報告する女房も、
「私もお方様に遅れませぬ」
 と口々に紫を慕う声が絶えない。祈祷の壇も片付けてしまい、修験の僧も
護持僧や夜居僧などを残して皆去ってしまい、臨時に応援に駆けつけた僧達が一人二人と去っていくのを源氏が見て、いよいよ紫ももう駄目なのかと、
諦めてしまった源氏の情なさに、どんな助けが出来ることであろうか。源氏は悲しみの中でふと思った、
「これは物の怪のせいではないか、皆は泣き叫ばず静かに」