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私の読む「源氏物語」ー44-梅枝

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梅 枝

 明石の君に生ませた源氏の娘明石姫も十一歳になり源氏はそろそろ裳着の儀式をしなければと気を揉んでいた。冷泉帝の春宮も十三歳、源氏が明石姫の裳着と決めた二月に元服の儀式が当然行われるはずであるから、その式が済むと添い寝の女として、明石姫君が内裏に参内して、春宮の女御となることに源氏は決めていた。
 正月も月の終わりになると節会や正月を祝う公・私の行事も殆ど終了して気分がのんびりとして寛ぐ頃に、源氏は裳着に使う香を合わせていた。太宰府の大貳の某が源氏に贈り物として太宰府に到来した香を差しだした物を源氏が香りをかいだりして品定めをするのであるが、
「やはり新しい渡来物は、古い唐物には劣っているのではないかなあ」
 と考えて、旧邸である二条院の蔵を開けさせて、古くに日本に渡来した唐物を六条院に届けさせ新旧を見比べてみた。
「錦や綾というものはやはり昔の色や模様が懐かしく感じるし、品質も手をかけて造っていることが分かる。」
 と源氏は言って、近じかに明石姫が入内時の調度品の覆いや、調度品を載せるための敷物や、坐る時に敷く菌や、その外、何やかやの調度などのような類の材料として、桐壺院の御代の初めに、鴻臚館で少年源氏の人相を見た高麗人が「この若は国の親となって、帝王の最高の地位につくという相をお持ちでいらっしゃる、そうなると国に乱れが生じることがある。朝廷の大臣となって、政治を補佐する人としてと見ると、またその相ではないようです。」と言って源氏に贈り物とした綾織りや、緋色の金欄の類の錦の織物が今の物より遙かに優れているのをいろいろと見たてて女房達に使えるように縫製をするよう指示して、大貳から送られてきた物の綾や薄絹織物などは縫製の仕事をする女房達に渡してしまった。
 また香については昔に貰った物と今の物を取揃えて、紫上や六条院に住まいする源氏の女達、花散里、明石上に調合して貰うために分配した。 源氏は女達に、
「二種ずつ調合して下さい」
 と言い付ける。裳着に就いて、人々への贈物や、上達部(大臣・納言・三位以上)への祝儀などは、この世に類のない立派な物を、六条院内や院外で、忙しくつぎつぎと準備して揃える、その上に、六条院のあちらこちらに香料などを選択し揃えて女房達に香を造らせ、香を砕くための鉄臼で搗く音が院内に終日響き渡っていた。
 源氏は広い寝殿に一人で座り承和の天皇の御禁制の二種(黒方と侍従)の調合法をどういう方法で知ったのか熱心に、人を遠ざけて秘密に調合していた。
この香の合わせ方は「不伝男子」という禁制があったというので源氏が知るはずがないものであった。 一方紫の上は源氏と同じように只一人誰をも近づけないように、東の対の広い部屋を開け放ちにして部屋の中央に几帳を二重に回して外から絶対に見られないようにして、薰物調合の名人であった仁明帝の第七皇子式部卿本康親王を伝授されていたので源氏と張り合って、お互に調合を競争をしていた。仁明帝の調合の秘法は「不伝男子」といって男には伝えないから、紫上の調合が正統を伝えたものである。源氏は紫の調合のことを聞いて、
「匂の深い浅いに就いても、勝負の判定は当然あるべきである」
 と源氏は紫に挑んではいるが、二人とも調合の方法は同じ承和の秘法なのである。そのような勝負は、夕霧や明石姫の父親として、親らしくもない子供っぽい競争心である。源氏、紫の上両方に仕える女房達は二人が竊に調合をしているのでそれぞれの女房が離れたところで大勢が控えていた。
 明石姫君入内の調度である香なども、入内の際に香壷に入れて持参し、香壷は、帳台の外の小さい厨子の置物にもなるように源氏は美しく造らせてある、なかでも香壺を四壺入れる箱の様式や化粧も壺に合わせて見事なできばえであり、火取香炉の意匠も、これまであまり見ない当世風に趣向を変えて造り、 
「あちらこちらの女達が苦心して調合したであろう香の中で、匂などの勝れているものを私が匂いを試したうえ、それぞれの壺に入れることにしよう」
 と源氏は考えていた。
 二月十日は雨が少し降って源氏が眺めている庭の紅梅が、今が盛りで真っ赤に燃えているのに雨がかかり、これ以上の紅梅はないと思われてしみじみと眺めているところに仲のいい弟の蛍兵部卿が来訪してきた。
「明石姫の裳着の日が今日、明日というところで、さぞかし忙しいのではありませんか」
 と源氏に挨拶をする。二人は昔から特に親密な間柄であるからお互いに遠慮がないので、あれこれと世間のことや内裏のことなどを話しながら目の前の美しく赤く染まった紅梅を眺めている。そこへ源氏の女房が、
「先の斎宮様からです」
 と、香壷の箱と、散ってしまった梅の枝につけた御消息文を源氏に渡した。先の斎宮とは源氏が何とかして我が女にと考えたが果たせなかった朝顔のことである。横にいた蛍宮は、源氏と朝顔の関係を知っているので、
「どのような文が、朝顔から急に送ってきたのであろうか」
 と、すでに切れた関係の女から文が来るとはおかしな事であると思っていたが、源氏はその蛍の気持ちを察して、
「私の方から、香の調合の事を、この前に御依頼申しましたのを、朝顔は、几帳面に、気持よく急いで、調合して下されたようである」
 と言って文は隠してしまった。朝顔が調合して香は沈の香木で作った箱に入れ、青磁で作った香皿を二つ入れて、その中に粒を大きく丸めたまま、ころがし入れてあった。中央にだけ、飾として造花などを付ける壷心葉が入れてあった。青磁の坏には、五葉の松の枝を、白磁の坏には、梅の花をそれぞれ彫刻した坏が動かないように止めてある板に彫られてあた。五葉枝も梅の花も、どちらも同じような風に、揚巻結ぴに坏と結んでありその縒り糸もやさしくしなやかで優雅な様子であった。
「なかなか優雅で御座いますね」
 と蛍宮は朝顔の造りに目を見張っていた。

 花の香は散りにし枝にとまらねど
      うつらむ袖に浅くしまめや
(梅の花の香は、散ってしまった枝に残りませんけれども、私の調合した香は、何の匂もありませぬが、もしもこの香が、それをたきしめる人の袖に移るとするならば、その袖に浅くしみ込みましょうか、いや、深くしみ込んで薫りましょう)

 薄墨でほのかに書いてある朝顔の文を蛍宮は見てその筆跡が醸し出す人を打つ美しさに感心して少し大袈裟に声を出して詠む。源氏の息子で今は宰相の中将となっている夕霧が、朝顔の使いで来た男を待たせて慰労の接待をしてしっかりと酒を飲ませた。そうしておいて帰りには使者に、表は紅、裏は紫の紅梅襲の唐織物の細長の女装束を、祝儀として与えたのである。源氏からの朝顔への返事も紅梅の色の薄様のものを使い、前の庭にある紅梅を折ってその枝に文を付けた。見ていた蛍宮は優雅な源氏の行動に感心して、
「内容がとても気になりますお返事ですね。何か私に隠しておられるようです」
 と源氏に少し嫉妬して源氏の朝顔への返事をとても見たいと思っていた。
「この返事の文は何でもありませんよ、それを貴方は何か私が隠し事を書いてあるように想像するが、とんでもないことですよ」
 と言って、文を書くついでに、

 花の枝にいとど心をしむるかな