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三題小説『バス+シャンプー+安眠』

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三題小説『バス+シャンプー+安眠』

 ――シャンプーの香りが何処からか漂ってきた。
 ああ、そうか。彼女がシャワーを浴びているのだ。
 私はイヤフォンを外し、その音を聞く。やはりそのようだ。小さなアパートなので、バスルームからの幽かな水音でも聞こえてくるのだ。
 窓を見ると、結露で外の景色がモザイク模様に覆われていた。これではベッドの中も、さっきまで飲んでいたコーヒー同様に冷え切ってしまっていることだろう。
 彼女がバスルームを出る前に、寝てしまおう。そう思い、パソコンを閉じる。彼女はシャワーを浴びた後、必ず私の寝床に潜り込んでくるのだ。彼女が私のベッドに潜り込んでくる夜は、眠れない夜を過ごすことになる。
 しかし、それは私は起きている場合だ。眠っている場合はその限りではない。
 冷たいベッドに潜り込む。足先が秒速で冷えて行く感覚に襲われる。しかし、それもすぐになくなるだろう。私は寝付きの良い方で、目を瞑れば数分で眠りに就くことができる。
 灯りを落とすと、部屋は暗闇に包まれる。暗い暗い闇の中で、私はしっかりと目を瞑り、更に深い闇の中に身を投じる。まるで、暗闇の中に逃げ隠れ、潜むように。
 ――ぴちょん、ぴちょん。バスルームから水音が聞こえる。
 そういえば、今日は妙に疲れる一日だった。仕事が分毎に舞い込み、とてもじゃないがデイリーワークに手を付けられる状態じゃなかった。
 ――ぴちょん、ぴちょん、キュ。蛇口を捻る音だ。
 だから家で仕事を片付けようと思ったのだが、そういう訳にもいかなくなった。彼女はわがままなので、仕事をしていようがお構いなしだ。
 ――がちゃ、ひた、ひた。ぴちょん。どうやらバスルームを出たようだ。
 そろそろ、意識が落ちる頃合いだ。
 ――ひた、ひた。ぎし。どうやら部屋の中に入ってきたようだ。
「起きてるの、知ってるよ?」
 冷たい指先が、私の首筋をなぞった。
「ぜったいに、ゆるさない」
 シャンプーの香りが、私の鼻孔を擽った。

 どうやら朝のようだ。私は、重たい頭を抱えて、ベッドから起き上がる。彼女は朝になるとこの部屋からいなくなるのだ。彼女は私の安眠を妨害するのが楽しみなのだろう。
 部屋の中は所々冷たく湿っている。ベッドに至ってはびしょびしょだ。部屋の隅を見ると、盛り塩が崩され床に散らばっていた。
 いつものように鏡に向かう。目の下に蓄えた立派なクマと、そして首にできた痕が目に入る。
 首を絞めるように、その真っ赤な手形は私の皮膚に焼き付いていた。