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銚子旅行記 銚子からあのひとへ 第五部

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 そのうちに、列車は犬吠駅も君ヶ浜駅も過ぎていた。他の乗客もガイドさんの案内に耳を傾けつつ、思い思いに過ごしている。その中の誰かが、何かを見ながら〝新玉川線〟という言葉を発していた。その人達の視線の先を見ると、営団地下鉄銀座線の路線図が貼ってあった。じっくりと見なかったので、いつ頃のものかは分からない。しかし、新玉川線がない、といった趣旨のことを話していたので、そうなると、随分と古い話になる。よくそんなものが残っていたものだ。
 まだ時刻は2時半を回った頃。それでも冬場のこの時間帯は、まるで夏の夕方のような光に包まれている。少しずつオレンジ色に染まり始めた街を、オレンジ色の電車は進んで行く。海鹿島駅を過ぎ、列車の待ち合わせをすることもなく笠上黒生駅を出る。幻想的な本銚子駅も通り過ぎて、観音駅に到着。この駅は住宅街も近いので、ここから列車は少し混み始めた。
 今日はこの観音駅から先に、列車で行くのは初めてだ。しばらく走って行くと、醤油工場が見えて来る。その中の仲ノ町駅へ着こうというところで、ボランティアガイドのおばさんが、〝デキ3型〟について話し始めた。もうすぐ見えると言っていたけれど、いつの間にか1002号車が移動しており、その陰に隠れていた。1002号車が現役のうちに銚子へ来るのは、今日が最後。今、目の前にいる1002号車こそ、僕にとっては最後の雄姿だった。
 仲ノ町駅を1002号車の横を通り過ぎ、夕陽に包まれた街を行くと、終点の銚子駅に到着した。列車から降りた人と列車に乗る人とで、プラットホームが賑わう。この乗り場の先に、オランダ風とされている銚子電鉄の駅舎がある。
 その駅舎には、ゴリラのような絵が描いてあった。かつての社長がゴリラに似ていたことから、その似顔絵として作成された。ところが、その社長が横領事件を起こしたことから、銚子電鉄の経営が悪化した。その際、電車に取り付けられていたその似顔絵も、撤去されたそうだ。こんな所に、それが残っていた。夕陽に包まれた駅にひっそりと残るそれは、かつての銚子電鉄の栄華を静かに物語っていた。何となく、言葉にできないもの悲しさを感じた。
 かつては電動で回る風車がついていたというその駅舎。老朽化により、風車は撤去されてしまったようだ。また設置される予定はないようだ。そんな駅舎を通って、その先にあるJR線乗り場へ。そこには、千葉県内のローカル線で走っている〝209系〟という電車が止まっていた。元は京浜東北線で走っていた電車だった。幕張総合車両センターにたむろしていた、あの〝薄っぺらい電車〟の元祖だ。京浜東北線での活躍を終えた後、トイレの設置などの改造を施され、千葉県を走っている。京浜東北線を走り始めた頃は、誰も千葉のローカル線を走ることになるとは思わなかっただろう。
 跨線橋を通って改札口に面したプラットホームへ行くと、おばちゃん連中が急げ急げと大きなキャリーバッグを持って走っていた。そのおばちゃん連中は、どうやら次の外川行きに乗りたいらしい。大急ぎで銚子電鉄乗り場に向かっているその様子を眺めながら、改札口を通る。


第十三章 駅前でのひととき

 それにしても、特急列車まで時間がたくさんある。まだ入線すらしていない。なので、どこかで時間を潰す必要がある。何かいい場所がないだろうか。4月に来た時は、この近くのヒゲタ醤油の工場を見学した。今日は別な所を見たい。というわけで、本日2度目の観光案内所へ。さっき、列車に乗っていたボランティアのおばさんもいた。皆さん口を揃えて、
「セレクト市場がいい」
 と言う。それならばと言うことで、そこへ行ってみることにした。その〝銚子セレクト市場〟は、ここからそれほど離れていない場所らしい。
 案内された通りに駅前の商店街を歩いて行く。この商店街は、大きな道路の脇に土産物屋とか、どこにでもあるチェーン店などが並んでいるタイプの商店街だった。そこを歩いていると、一軒の仕舞屋が。正確に言うと、元の店が移転したようだ。移転案内の貼り紙を見てみると、その店が、〝銚子セレクト市場〟のようだった。確か、観光案内所の人も移転したばかりだと言っていた。
 そこから少し歩いて行くと、祝いの花環が並んでいた。どうやらこれが〝銚子セレクト市場〟らしい。それより、ここを少し歩いた先に水場が見えた。海なのか、川なのか。先にそちらへ行ってみることにした。
 街を歩いていて、何度か変わった光景を目にした。駅前からの通りには、いくつか交差点があった。その交差点は、どこもタイル敷きになっていた。スピードを抑えて事故防止のためだろうか。他の街ではあまり見かけないものだ。
 その先にあった水場は、利根川だった。よく見に行く多摩川に比べると、だいぶ川幅が広い。対岸が遥か彼方だ。水運に利用されただけのことはある。こうしてじっくりと利根川を見るのも初めてかも知れない。
 利根川の写真を撮り、また踵を返して〝銚子セレクト市場〟へ行く。漁港が近いこともあって、名前を聞いた時は魚市場のようなものをイメージしたけれど、何のことはない。スーパーマーケットだった。とは言え、おなかもすいているので、帰りの列車の中で食べるものでも買って行こうか。見て回ると、マグロの太巻き寿司があった。値札に〝握り寿司〟とあったのがご愛嬌だけれど、手頃な値段だし、おいしそうだった。しかし、結局は何も買わずに店を出てしまった。
 図らずも利根川をじっくりと見ることはできたけれど、あまり時間潰しにはならなかった。とりあえず、また駅前へ行く。どこか食事のできる店があったら、一品料理をつまみに一杯やろうかなと考えた。横断歩道を渡った先に、小さな飲み屋のような店があった。開いているかどうか分からないけれど、行ってみよう。
「いらっしゃいませ」
 道を渡ると、何やらか細い声が聞こえた。見ると、乾物や干物を扱う土産物屋の女将さんだった。
「いかがですか?」
 なおも声をかけて来るので、店をのぞいてみることにした。
「いかがですか?食べてみてください」
 と、女将さんが僕にくれたのは、乾燥したイカにイカスミを和えたもの。勧められたので食べてみる。イカスミを使ったものは、じっくり食べたことがない。なので、イカスミの味が今一つよく分からず、その辺でも売っているスルメを食べている感覚だった。
 いずれにしても、海のない埼玉では見かけないようなものばかり。店先の乾物を眺めていると、〝いわし角煮〟と書かれた品があった。
「これは何ですか?」
 気になったので、女将さんに訊いてみた。イワシを醤油で煮たもので、銚子では学校の給食にもでるそうだ。これも試食を勧められたので、一つ食べてみる。パサパサした触感だったけれど、決してまずいパサパサ感ではない。甘辛い醤油の味もちょうどいい。これはなかなかうまい。いろいろ試食もさせてもらったし、これは埼玉では手に入りづらい品だと思う。自分への土産物として、2パック買って行くことにした。食べやすく小袋に分けて包装してある。食事の時だけではなく、小腹が空いた時などにもよさそうだ。