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サーキュレイト〜二人の空気の中で〜第十五話

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 「雨の魔物がいるんです、ここにはきっと。わたしはその姿を見たわけじゃないですど……ここに入ると、いつの間にか気を失ってしまっていて、気付けば館の入り口に立ってるんです。何度挑戦しても、玄関までしか行けなくて。それが怖くて」

 だから入る時にまどかちゃんは立ち止まり渋ったのだろう。
 その話を聞かされたオレ自身、ぞっとしない思いを抱いていた。

 雨の魔物に出会ってしまう恐怖よりも、意識失った……その間の空白が恐ろしかった。
 その期間に一体何があったのだろう?
 そう考えただけで震えがくる。


 「でも、今回はいつもとは違います。雄太さんがいたから、初めてここまで来られました」
 「あぁ、あの魔方陣か。一人じゃ駄目なんだよね」
 「はい、ずっと一緒に言ってくれる人、探してたんです。ここまで雨の魔物にも会わなかったし、雄太さんのおかげです」

 だからオレの言葉を、まどかちゃんは信じてくれたんだろう。
 普段と違うことが現実として起こっているから、余計に。


 「そっか、そりゃ誘った甲斐があったってもんだね。雨の魔物がやってこないうちに、さくさく抜けちゃおう」

 意識失うほどの恐怖。
 それは一体どんなものなのだろう?
 
 聞きたいけど聞けない。
 それを体験している本人に、ぶり返すような言葉をぶつけることなんて、できるはずもなかった。

 もし、これから現れるようなことがあるなら、しっかり守ってあげなくちゃって強く思う。
 同時に、まどかちゃんが行方不明扱いになってる件。
 もしかしたらその辺りにあるのでは、なんて気もしていて……。



 その時だった。


 「……っ」

 オレ、まどかちゃんともに、びくりとなって立ち止まる。

「今、誰かの悲鳴聞こえたよね?」
「……うん」

 それはぼけっとしていたら分からないくらい小さなものであったが、確かに聞こえた。
 立ち止まり、改めて耳を澄ましてみると、前方……まだだいぶ距離があるだろう場所からいくつもの悲鳴が届いてくる。
 おそらく、オレたちがこれから向かうだろうその先に。


 「多分、先行してた黒服の人たちだね。どうやら本格的になってくるのはこの先らしい」

 それは決して、アトラクションを楽しむような、黄色い声ではなかった。
 もっと間近で聞いていたら、なにか事件でもあったのだろうかと思える本気の声だ。
 それとともに、落ち着かない不穏な空気が流れてくるような気がする。

 この先はやばい。
 どこかでオレに向かって誰かが警告している。
 だけど、それと同時にオレは高揚感も覚えていた。
 オレは知らず知らずのうちに笑みをもらしていたかもしれない。


「雄太さん?」

 そこに、不安そうなまどかちゃんの声。
 オレははっと我に返る。

 今、隣にまどかちゃんがいる。
 オレは一人じゃない。
 オレはともかく、彼女に怖い思いをさせたくはない。

 そう思うと、高揚していた気持ちは、一気に醒めた。
 警告に背いて進むのではなく、避けて通る……現実的な精神状態を取り戻す。

 それは、もはやオレ個人の充足感よりも、彼女を不安にさせないことのほうが勝っていると認識した瞬間でもあって。


 「やばそうだな。あ、そうだ。ここって非常口とかってないんだっけ? 従業員の専用道路がないってことは」

 消防法のこともあるし(もはやこの場所にそれが適応されているとも思えなかったが)、あってしかるべきだろう。
 そう思って聞いたオレであったが。


 「ご、ごめんなさい。わかんないです。ここまで来るのも初めてだから」

 言われてみればそうだった。
 今までの道にはなかったわけだから、やっぱりないのかもしれない。

 「それにあの、あきさんって方は先に向かわれてるんじゃ」
 「……あ」

 忘れていたわけじゃないけど。
 そう言われて改めて、アキちゃんのことが心配になってくる。
 さすがに遠目のあの声では、それが誰だか分からないからこそ、余計に。


 「中司さんたちだって、オレたちが引き返したりしたら困るか」

 あの感じだと、彼女たちが非常口を見つけてそちらに向かうとも思えなかった。
 もし今の悲鳴を聞きつけていたら、追いついたとばかりに足を速めるかもしれない、とすら思う。
 となると、結局は進むしかないってことで。


 「本気でやばそうだったら、オレを盾にして逃げてくれ」

 君はオレが守るよ。
 そうストレートには言えなかったから、冗談めかしてオレはそんな事を言う。

「そ、そんなことしません」

 すると、オレの言葉を鵜呑みにしたまどかちゃんは、少し怒った仕草で頬を膨らませていて。
 素直な子だなぁって妙に感心しつつも、オレたちは先を目指す。
 おそらくお互いに感じてるだろう怖いことを、極力忘れるように、益体もない会話をしながら。



 それから、いくつかのチェックポイントを通過したけど。
 これといって何かが起こることはなかった。
 屋敷らしかった外観が、どこかの洞窟のように変わっても、暗いだけでお化け屋敷という感覚はなく。
分かれ道がいくつもある扉だらけの場所に来ても、開いたその先に怖いものが待っている、なんてオチはなかった。

 むしろそれこそが、怖いものであるかのように。
 気がつけばオレたちは五つのチェックポイントを通過し、今は最終ステージ途中。

 雨の魔物や黒服たち、アキちゃんに会うこともなく。



 「うわぁ、すごーい」

 最終ステージは、闇の中にぼうと浮かぶ階段のフロアだった。
 呆けて見上げる頭上に複雑に絡み合う階段が見える。
 決してお化け屋敷らしくはないが、確かにこれは怖かった。
 足を踏み外したらどうなるんだろうって恐怖がある。


 「あと少しだよ、がんばろ」

 その内心のオレの恐怖にまどかちゃんは気付いたらしい。
 今まで何もなかったことで落ち着いたのか、心なしかテンションが高い。
 弾むようにして階段を上ってゆくまどかちゃんを、オレは慌てて追いかける。


 階段の一段は以外に広く長く、二人並んでも余裕があった。
 しかも、奈落に見える闇はただの壁で、これならうっかり足を踏み外すこともないだろう。
 変わらず聞こえる雨音の中、オレたちは連れ立って階段を上ってゆく。

 その間にも、話題は尽きない。
 それは、女性に対するものとしては珍しいものだったけど。
 そう言う波長が合うのかもしれない。
 調子に乗ったオレは、少し突っ込んだ形で問いかける。


「……ん? どうかした? 何か聞きたそうな顔してるけど」

 こういったコミュニケーションにおいて大事なのは、聞いてあげる力だ、なんて思う。
 それが、人とのよりよい関係を築くためのコツなんだろうなって。
 
 てなわけで実践。
 まどかちゃんは、オレにそう言われ、少しためらっているようだったけど。
 それでも意を決したように口を開いた。


 「あの、さっき快さんが言ってた、りんえいけんのこころえ……って何なのかなって」

 知らなくてごめんね、といった風に、まどかちゃんは聞いてくる。