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WonderLand(中)

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 ウサギの大きな瞳は、鎖のようにあたしの瞳をがっちりと掴み、ぎゅっと離さなかった。
「部屋番号はメールするから、そこのスターバックスコーヒーで待っているといいわ。あたしがメールをしたら、上がってくるのよ。おトイレは済ませておいた方がいいわ。携帯電話は鳴らないようにしておくのよ」
 これから始まるものが、まるで劇か、映画か、何かのパフォーマンスのように錯覚してしまいそうになる。ウサギは楽しそうにそう云って、あたしの携帯電話に赤外線で自分のアドレスを送り、同じようにしてあたしのアドレスを受け取った。これで甘いものでも飲むといいわと、千円札を一枚くれた。
「今、駅に着いたってメールが来たから、もう五分もしないうちに来るわ。さぁ、行きなさい」
 ウサギに促されて、あたしは一人スターバックスコーヒーへと入った。アイスココアを買い、ウサギが見える窓際のカウンター席に腰掛けた。ウサギは、垣間見ているあたしの存在など、まるで知らないかのように、一度もこちらへ目を向けることはなかった。少しして、ウサギが満面の笑顔で手を挙げた。その視線の先を見ると、其処には、今朝「当直だから」と云って家を出て行った父の姿があった。
 父はウサギに駆け寄り、何かを話し掛ける。其処にいるウサギは、美しい、ただの女性だった。父の言葉に、笑顔で相槌を打っている。父はウサギの肩を抱き寄せて、そのまま前と同じようにホテルへ繋がるエレベーターホールの方へと歩いて行った。一瞬、ウサギが振り返り、うっすらとした笑みを浮かべてあたしを見た。それはあの人形のような笑みだった。
 これから起こるだろうことに、あたしは驚くほどに冷静だった。アイスココアを口にしながら、携帯電話の画面を見つめてウサギからのメールを待つ。時刻は既に午後六時半を過ぎていた。本来であれば、塾にいなくてはならない時間だった。中学受験をさせたいという父の意向から、六年生になって通い始めた。
 今、それをサボタージュして、父の陰を覗こうとしている。
 大人たちばかりが賑わう中に、小学生が一人スターバックスコーヒーに居るのは、なんとも不自然な気がして居心地が悪かった。挙動不審になり、きょろきょろと周囲の視線を窺ってしまう。早くメールが来ないものか、外に出て待っていようかと立ち上がったときに、ウサギからメールが入った。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花