写真のかお
彼は訊かれた
お父さんは
好きですか?
・・・
お父さんは
どんな人ですか?
・・・
お父さんに感謝できますか?
・・・
何も答えられない彼
成人するまで
父と一緒にいたのに
話をしてくれた記憶がない
遊んでくれたこともない
プレゼントをくれたこともない
楽しい想い出も
辛いおもいでも
何もないのだ
小学校四年の時だ
彼は学校で言われた
近視です
メガネが必要かもしれません
一度眼科で検査して下さい
彼は父母に伝えた
学校で先生が言ったことを
父母はすぐには答えなかった
どうするか言わなかった
彼は思った
自分のことなんか
どうでもいいんだ と
0.5だと言われた
前回は0.7だった
彼は絶望した
次回は0.4
最後は0.0に違いない
やっぱり
どうでもいいんだ
と彼は思った
幼い時だった
手洗いの外の
大きな石畳み
窓から飛び降りて
頭を打ったら
死ねるかなって
そう
彼は思っていた
カウンセラーは続ける
彼に優しく問い掛ける
お父さんの顔を思い出してみましょう
お父さんの写真を思い浮かべてみましょう
彼は努力する
しかし
思い出せない
良い想い出は
なにも
ないと思った
突然甦った
それは
写真だった
父のでなくて
彼自身の写真だった
あどけない写真
地面に裸足を投げ出し
両の手を横に広げている
足の指に
枯れ草が一筋引っ掛かった
赤ん坊姿だった
写真の中で
その赤ん坊は
誰かを観て
微笑んでいる
ふと彼は思った
この写真を撮った人を
これを本当に観ていた男を
突然
カメラのシャッター音が聞こえた
カシャッ
カシャッ
無口な父の
笑顔が浮かんだ
青い空に
抱き上げられた記憶が・・・
彼は大人になって
初めて泣いた
カウンセラーに構わず
人前で泣いた
涙の入れ物が
空になるまで
泣いた