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Days

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夏の終わり



 梅雨が去り、夏が来て、それさえも終わりに近付く。日が暮れる頃には風もだいぶ涼しく感じるようになった。朝と夕は本当に過ごしやすい。秋の足音がだんだんと聞こえてきたように感じる。
 最後の夏遊びと言わんばかりに、今日は近所の花火大会に合わせて、会場の界隈にたくさんの屋台が並んでいる。太陽の傾かないうちこそパッとしなかったが、夕方になって日も暮れかかると、空の群青の下で色とりどりの店構えがよく映えていた。こうした風景は何歳になっても心をくすぐられる。
 太陽が完全に顔を隠し、ようやく一発目の花火が夜空に大きな花を咲かせた時、私は恩と一緒に綿飴の店にいた。
「あ、恩、花火」
「やっとかあ。何かもうずいぶん歩き回ってたね」
 そもそも恩が早く行こうとしきりに言うものだから、一時間以上も前からずうっとこの辺りを歩き回っていたのだ。前々から今日の花火は楽しみにしていたみたいで、日が迫るごとにワクワク感が目に見えるようになっていき、昨日なんかは一日中その話をしていた。
「恩って花火好きなの?」
「うーん…。花火に限らず、こうしたお祭り行事は好きかな」
 意外。
「お祭り男には見えないけどなあ…」
「別に、こういう雰囲気が好きなだけ」
綿飴をもらって店を離れた後は、露店が軒を連ねる道沿いにそのまま進んだ。もっと大勢の人でごった返すかと思ったが、実際はそれほどでもなく歩いていけた。どこか違う場所にスポットでもあるのだろうか。
「それに、都々里と来れるから。特別感あるじゃん」
 『それに』という接続詞に一瞬戸惑ったが、飲み込みがつくとすぐに頬が少し染まった。
「ああ、あるんですか…。それはどうも…」
 しれっと恥ずかしいことを言ってくるから、油断ならない。油断したら、嬉しくなってしまう。
「都々里は好きじゃないの、お祭りとか?」
「……どうかなぁ」
 私は綿飴を口に運びながら、今まで自分が遭遇したお祭りイベントを思い出しつつ、考えを一巡りさせた。綿飴は口の中で早速消えてなくなり、あとにはほんのりと甘い風味だけが残った。
「そう。何て言うか、人の多い場所があんまり好きじゃないかな」
 これまでを振り返ってみると、とりあえずお祭りには行ってみるものの、行ってから何となく後悔するというパターンが多い。周囲の人の賑やかさに圧倒されて、自分はどうにも萎縮してしまうのだ。
「群衆の中にあって自らの孤独を思い知るというか、…」
 周りでみんながワイワイやっていると自分がどうも一人ぼっちな気がしてしまう。もっと若い頃であれば思春期とかいう上手い言い訳もあったかも知れないが、そんな若々しい単語が似合うような年頃でもない。自分がもっと成熟して大人らしさを身に付ければ解決する問題のように以前は感じていたのだが、最近はもう色々と手遅れなんじゃないかという気もしている。いつまで経っても、自分は大人になれないし、大人というものが一体何なのかもまるで分からない。
自分の幼稚さ加減に煩わされるのは不愉快であると同時に惨めだ。自分は一人ぼっちで孤独な存在だと思うのは、自分を特別視するのと何ら変わらない利己的な欺瞞だと分かっていても、私はそこから脱け出す方法を知らないまま時を過ごしてしまった。誰かに聞いておけばよかった。今となっては、誰かの手をとることさえ煩わしく思ってしまって、掴めるものは、空しさと、あと多少のやるせなさ、他は触れた瞬間に消えてしまう。
 恩は黙って聞いていた。
私は黙って綿飴をほおばった。
何かが喉に詰まっているような気がして、綿飴ではないかと疑った。もちろんそれは綿飴ではない。得体の知れない不快を無理に呑み込んだ。
「ふうん。なるほどねー」
 そう言って恩はわざとらしく息を漏らした。私の話の何がなるほどなのかはよく分からない。彼が私の作り笑いをどう解釈したのかも。気付いたら綿飴の店からはだいぶ遠くまで来ていた。つい先程までたんまりとあったはずの綿飴もいつの間にか無くなってしまった。
「都々里は一人ぼっちが嫌なの」
「まあ、そうとも言える」
 素直に肯定できないあたり、強がりが身に沁みる。
「恩、せっかくお祭りなんだから、そういう話はもう…」
「今もそうなの?」
 恩は私の言葉を遮った。語気は強くないが、言葉の裏側からは『ちゃんと答えなきゃダメだよ』という真面目な声が聞こえた。それとも私の言葉が行き場を失ったのだろうか。
問われれば、答えは『そう』。いつだって考えていたことなのに、改めて誰かに面と向かって問い質されると驚くほど新鮮に感じる。一瞬戸惑って、でも一瞬で醒めた。
 私は言葉の代わりに、小さく、それでも相手に分かるよう頷いた。
「そっかあ……」
 彼はそれきり何も言わない。彼が何を思い、何を考えているのかは私には分からない。それだけに不安、これは初めての気持ちだ。今までは他人が他人である以上、考えが見えないということで不安になる事などなかった。むしろ他人なのだから分からなくて当然だ。
でもそうやって割り切るには、恩はあまりにも他人ではなかった。誰かと一緒にこれだけ長い時を過ごすなんて、これまで一度もなかったから分からない。私にとっての彼の存在、それはこれまでの自分の認識の枠組みを楽に飛び越えていた。
恩の沈黙に比例するように、周囲が静寂に取り込まれていくような気がして、恩の足音が妙に耳に響いてきた。隣で歩く私よりもテンポの緩い足取り。彼の歩幅は恐らく私の1.5倍はあった。
彼が立ち止まったのに気が付いたのは、私が恩の何歩か前に躍り出てしまってからだった。振り返って見てみると何やら考えている顔をしている。
ふと私の方を見てこう言う。
「やっぱりおかしいね、都々里は」
 そう言う彼の顔は笑っていた。
「なに、いきなり。さっきまでシリアスだったのに」
 分からないタイミングで何かしら言い出すとは思っていたが、ここに来ていよいよ要注意人物だと認識せざるをえない。恩はひょこひょこと私の隣に近寄って来た。

「だって、今は一人じゃないよ」
「え?」

 要領を得ない私の手を、恩の大きくて温かな手のひらが包んだ。私は最初それに気付かなかった。ただ、一人ではないという恩の言葉が頭の中で反芻されて、よそよそしいはずの言葉が彼にかかるとストンと胸に落ちてくる、その不思議に全神経が麻痺していた。実感できる温かみというものに初めて出会ったような気がして、それは手から伝わり、体中を巡って、心を少しずつ溶かしていった。
「一人じゃないよ」
 ようやく我に返ったような心地になって、そうして少し恥ずかしさが増して、ますます恩の顔を見上げられなくなって、恩の握る手を私はぎゅっと握り返した。彼が笑顔でいてくれれば、私も嬉しい。そんな風に思える自分が嬉しくて、私が恩と一緒にいるのは間違いじゃない、その確信が初めて持てた。
「都々里、僕は金魚すくいがしたい」
「……それなら、都々里さんが良い所見せちゃおっかな」
作品名:Days 作家名:T-03