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彗クロ 5

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5-4



 ……結局、当初の目論見ははずれ、一行はイニスタ自治区で一時足止めされることとあいなった。
 オリジナルレプリカ混成の有志たちが呼吸を合わせて馬車の車輪を引き上げる様子を、飼い葉の山の上で頬杖ついてぼんやり眺めながら、レグルはよくわからないため息をつかずにはいられなかった。
 いろいろ、思うところはあった。とはいえ、どれもこれもとりとめなく、肝心な実体がどこにあるのか、レグルには皆目見当もつかなかった。思考が上手くまとまらず、自分の気持ちもよくわからず、ただもやもやとした何かが胸のあたりに沈殿していくばかり。
 やる方ない気分を二酸化炭素に混ぜて不毛に吐き出すこと数度。作業をする者の中には、物慣れない及び腰のレプリカも多かったが、種族の別なくねばり強く息を合わせた甲斐あって、溝につまづいていた車体は問題なく街道に復帰した。
 安堵混じりの歓声を、レグルがひどく遠くに感じていた時、男は現れた。
「おまえ――知っている」
「あ?」
 平坦な声色があまりに無粋で、レグルは不機嫌にそちらを振り返った。
 男は木製の柵に囲われた牧草地の内側に立っていた。野良着姿の肩に鋤を担ぎ、じっとりとこちらを見やっている。一目でレプリカとわかるが、それ以上の何かがあるわけではない、凡庸な容姿だった。中年というほどでもないが、青年と呼ぶほど若くもない。少なくとも『いい大人』とは形容できる。あくまで外見上は、だが。
「おまえを見た。同胞を唆した、赤毛の男」
 情感薄く、生彩のない、陰気な佇まい、声、視線。しかしそれが自分ではなく干し草の山の袂に向けられているのだと、レグルはすぐに気づいた。……嫌な予感がした。
「おまえのせいで万の同胞が死んだ」
 案の定だった。レグルは反射的に干し草の山から飛び降り、そこに座り込んでいるであろうルークを背に庇って、男を威嚇した。
「なんもルークのせいじゃねぇ――」
「それは俺ではなく、俺のオリジナルです」
 予想に反してルークは間近に立っていた。レグルの肩を力強く掴んで制し、半歩前に出る。その横顔はいつも通り平板で、危うさは感じない。
「レプリカか」
 つぶやく男は少しも意外そうではなかった。だいたい、あの被験者と今のルークを見間違うこと自体、おかしな話だ。最初から別人だとわかっていて言いがかりをふっかけてきたのかもしれない。となると、馬鹿正直に素性を明かしてしまったのは悪手だったのではないか……
 しかしルークは気にした様子もなく、ことさらでっかい爆弾を放り込んだのである。
「ええ。レムの塔で選択を迫ったのは……汚れ役を買って出たのはオリジナルです。けど、実際に一万人のレプリカを死に追いやったのは、俺です」
「ハァ!? ばっ――ナニ言って……!」
 レグルは大慌てでルークの顔を覗き込み、ふと、言葉を呑んだ。
 断じた内容に反して、そこには一切の屈託も良心の呵責もなかった。主観を排し、感傷を含まず、事実を事実として、淡々と――あたかも他人事のように。
 ルークを見据えるレプリカの眼差しは、いっそう暗く陰ったように見えた。それは怨敵への憎しみとか、淡泊すぎる態度への不満だとか、そういったわかりやすい被害者感情とは少し違う……もっと根の深いもののように、レグルは感じた。
「……同胞はなぜ死なねばならなかった」
「世界を救うために必要だったからです。代償として、残されたレプリカのための王国の建造が約束されました」
「今この世に我らの王国など存在しない」
「国を造るということは一朝一夕のものではありません。本来なら誰かに与えられるという類のものでもないんです。レプリカのための国の、建国の祖や統治者がオリジナルであれば、あなた方はいつまでもレプリカという種族は奴隷であると卑下し続け、自立する努力を放棄するでしょう。レプリカのためのレプリカの王国を築くためには、レプリカ自身がレプリカを統治する――自ら民をまとめ、王位を勝ち取るための用意と覚悟が必要です。現在の自治区制度は、あなた方の内側から『意志』が芽生えてくるのを待つための苗床なんだと、俺は思っています。オリジナルがレプリカのために用意できる最善が、現状だと」
 レグルはあっけにとられてルークを凝視した。……そんなふうに考えたことなんてなかった。
 自治区は役立たずの穀潰しを囲って管理しておくための檻なのだと思っていた。自ら家畜の身分に甘んじている同胞たちが情けなくて、心のどこかで嫌いだった。大年増のフローリアンだって、レプリカの未来なんて投げているのに。この偽善じみた箱庭の先に、レプリカの王国なんて可能性が、まさか本当に見越されていたなんて……
 しかし男にとっては想定内の返答だったのか、少なくとも表面上は動揺らしいものを見せなかった。ただその視線はつと横に反らされ、ここではないどこかを低く睨みつけるようだった。
「我らはなぜ、死す者と生きる者に分かたれた」
「――え」
「なぜ、死は等しく与えられなかったのだ……」
 最後のつぶやきは自問にも似て、けれど、語尾に至るほどに投げやりにくぐもって消えていく。気づいたときには男は何事もなかったかのように背を向け、情動に欠ける足取りであっけなく遠ざかっていった。ルークはひたすら絶句し、レグルは薄ら寒いものを見るようにそれを見送った。
「なんだアレ……」
「……俺を見た、って言ってた」
 眼差しは男の去ったほうを向いたまま、ルークがぼんやりと言った。
「それはたぶん、ルーク――アッシュのことで間違いないんだと思う。レプリカたちと直接交渉したのはアッシュだったし……でも、その事実を知ってるってことは……それも自分の目で見たってことになると……あの人は知らない間に生き残ったんじゃなくて、きちんと選択肢を与えられた上で、自分でその一方を選んだからこそ生き残った……はずなんだ」
「……よくわかんねーけど、じゃあナニか? 死にたくなくて逃げ出した臆病者?」
「そういうふうに責めることはできない。誰だって死にたくないのは当たり前のことだし……けど」
「自分で選んで生き残ったわりに、妙に恨みがましい感じだったよな」
「うん……あんなふうに、思ってるヒト、も、いるんだな……」
 兆候を嗅ぎ取って再三覗き込むと、ルークの瞳はまたあの紗幕の向こうに感情を隠そうとしている。レグルはちょっと唇を突き出して、気鬱を振り払うように手を振った。
「気にするコトねーよ、あんな陰険ヤロー。だいたい何を見間違えればルークがあのクソカス被験者に見えるんだっつの。最初っからあてずっぽでテキトーぬかしてたんだろ、どーせ」
「そう……かもな」
「そーだよ! もーとっとと次の街に行こうぜ。死にたがりの与太話なんかにかまってらんねーっての」
 レグルは強引にルークの手を引いて、馬車のほうへと前のめりに歩き出した。引き寄せる手応えが、あからさまにフリーズ状態に没入してしまったことを伝えてくる。またか。軽くうんざりと、レグルは吐息を漏らしたが、いつものことだと深くは気にしなかった。

***

 が、今回のフリーズは、いつもより重症だった。
 イニスタを出て一時足らず、ベルケンドの港には夕刻を待たずにすんなりとたどり着いた。
作品名:彗クロ 5 作家名:朝脱走犯