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腐った桃は、犬も喰わない

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桃井さんとヤクザ 2




 街は相変わらず雑多な臭いと奇妙な穏やかさに満たされていた。事務所の裏手にある街通りは、夜はチカチカと極彩色のネオンが輝き、猥雑な喧しさに溢れているが、昼には何処か二日酔いのような雰囲気を漂わせて薄暗く沈静化してしまう。昼と夜とで顔を変えてしまう娼婦のような街だと、今でも僕は感じている。

 桃井さんが最後の一本になったうまい棒をもしゃもしゃと咀嚼しながら、寂れた八百屋の店頭に飾られたリンゴを手に取る。赤々としていて、表面が照り光っている。


 「おいひゃん、こひぇなんひぇん?」
 「何言ってんのかわかんねぇよ。ちゃんと飲み込んでから言い直せ」


 つっけんどっけんな言い方の割りには、幼児に言い含めるような声音だった。八百屋のおじさんはギロリと桃井さんを睨み付けた。その八百屋らしかぬ眼光の鋭さに、思わず僕は怯んだ。痩せぎすな身体に尖った眼差しをした八百屋のおじさんは、戦役後の軍人のような雰囲気を漂わせていて、ちょっと怖い。うまい棒をごくりと嚥下してから、桃井さんが能天気な声で言い直す。


 「おいちゃん、これ何円?」
 「一玉二百円だ」
 「うへぇ、価格崩壊だ!」
 「アホ言うな。値段相応の高級品なんじゃい」


 確かにつやつやと光るリンゴは美味しそうだったけれども、それでも二百円というのは高い気がする。桃井さんは不貞腐れたように唇を尖らせてから、掌の中でリンゴをころりと転がした。


 「ぼったくり八百屋だ」
 「文句言うなら買うなクソガキ」
 「友達価格は適応されねぇの?」
 「いつ御前と友達になった」
 「でも、おいちゃん、俺のことすきでしょ?」


 自意識過剰な桃井さんの言葉に、おじさんよりも先に僕の方が呆れ返る。満面の笑みを浮かべた桃井さんは、同意を求めるように緩く首を傾げた。悪人面に似合わず、丸っきり可愛がられることに慣れたような甘えた仕草だった。八百屋のおじさんは露骨に舌打ちをしてから、顔を背けた。


 「馬鹿たれが」
 「馬鹿たれじゃなかったら、おいちゃん俺のことすきにならなかったでしょーが」


 甘えるような桃井さんの言い草に、八百屋のおじさんは諦めたように溜息を吐いた。「仕方ねぇな」と呟く声は、思っていたよりもずっと優しい声に聞こえた。


 「もういい。持ってけ馬鹿たれ」
 「わー、ありがとー。おいちゃん、すきよー」


 満足げに笑って、桃井さんが掌のリンゴにかぶりつく。それを見つめる八百屋のおじさんの顔は、桃井さん以上に満足げに見えて、僕は少し驚いた。八百屋のおじさんが僕へと視線を向けて、首を左右に振る。


 「兄ちゃん、アンタはこんな馬鹿になるなよ」
 「絶対になりません」


 なりたくたってなれません。図々しいを通り越して厚顔無恥な桃井さんの横顔を見ながら、即座に断言した。桃井さんが口の周りを果汁でべたべたに汚しながら、むっと眉を顰める。


 「おいちゃんも白川くんも、ひどくね?」
 「「ひどくない」」


 です、と八百屋のおじさんと声を合わせて答えながら、僕は思わず桃井さんの不貞腐れた表情に笑ってしまった。

 桃井さんは、結局その八百屋で、キャベツとレタスを一玉ずつと、ジャガイモを七個とタマネギを三個とトマトを五個、それからイチゴのパックを六つも買った。リンゴ一玉二百円に比べて、それらの合計金額は驚くほど安かった。桃井さんがへらへらと笑いながら「おいちゃん、ばいばいー」と、背後の八百屋に向かって手を振る。八百屋のおじさんは、それに対してツンと顔を逸らしたままだ。

 桃井さんがビニール袋の中から早速トマトを取り出して、もごもごと食べ始める。この人は、本当に何かを食べていない時がないんだろうかと僕は思う。


 「えとね、白川くん」


 街通りをぶらぶらと歩きながら、横から話しかけられる。まるで女子高生のような切り出し方だと思った。桃井さんがこちらへと視線を向けないまま、ぼやっとした声で続ける。


 「さっきのおいちゃんはね、元々ヤクザの情報屋だったんよ」
 「おいちゃんって、八百屋のおじさんがですか?」
 「そう。そんで今はヤクザ辞めて、八百屋さんがてらにいろんな人相手の仕事の斡旋屋さんやってんの」


 咄嗟に頭の中に先ほどの八百屋のおじさんを思い出す。確かに顔付きは穏やかではなかったが、頭にねじり鉢巻をしていた姿を思い出すと、今更元ヤクザと言われてもピンとこない。曖昧にはぁと相槌を返すと、齧りかけのトマトを軽く目の前に掲げて桃井さんが訊ねてきた。


 「このトマト何円だと思う?」
 「は、ぁ? 確か五十円でしたけど」


 何を解り切ったことを問い掛けてくるんだと、咄嗟に顔が歪む。


 「正解は千五百えんー」
 「はぃ!?」
 「飲み屋やら風俗店の近くにある八百屋っていうのは、基本的に法外な値段で商品売ってんの。酔っぱらって良い気持ちになった奴らが家族へのお土産とかで買い物していくのを、こうコロッとぼったくるわけ」


 手首をくるっと一回転させて、コロッという辺りを表現したつもりらしい。その仕草を見て、僕は顔を顰めた。正直、卑しい話だと思った。ようは詐欺に近い商法じゃないか。八百屋のおじさんの姿が硬派に見えた分だけ、その嫌悪感は募った。歪んだ僕の顔を見て、桃井さんが不思議そうに首を傾げる。


 「どした?」
 「それってお客さんを騙してるってことじゃないですか」
 「騙しにはなんないよ。だって、あそこ値札とか置いてねーでしょ。値段もわかんないのに、この程度の値段だろうって勝手に思い込んで買う奴の方が悪いの」
 「そんなの屁理屈です」
 「屁理屈でなにが悪いんだ? みんながみんな正しいことするわけねーじゃん」


 気安い口調でそう言って、桃井さんは二個目のトマトに手を伸ばした。僕は、桃井さんのゴリ押しな理論に唖然と口を開いた。口の周りについたトマトの汁をぞんざいに袖で拭いながら、桃井さんはこう続けた。


 「白川くんは、みんなみんな優しくあるべきだと思う?」
 「そうあれば、いいとは思いますけど」
 「俺はね、俺に優しくしてくれる人がすきなの。別に、俺の知らない他人に優しくなくたっていいわけ。酷いことしてたっていいわけ。俺には他人の気持ちなんかわかんないもん」


 単純明快だが、一歩間違えば倫理破壊を起こしそうな危険な思想だと思った。しかし、そんな危険さを微塵も感じさせない能天気な様子で、桃井さんは「ん?」と首を傾げた。


 「んん? 何の話してたっけ?」
 「八百屋のおじさんの話ですけど」
 「あぁ、そっか。そんでリンゴは何円だった?」
 「二百円です」
 「そう。じゃあ、二百万円だ」
 「は!?」


 桁が一気に飛び越えた気がする。まじまじと桃井さんの顔を凝視すると、桃井さんが僕の顔を見て、へらーっと笑みを返してきた。何で見られてるのかよく解らないけど、とりあえず笑っておこうというような馬鹿っぽい笑顔だった。


 「リンゴは今入ってる仕事の報酬を現すんよ。おいちゃんが二百円って言ったら二百万円。五十円って言ったら五十万円。千円って言ったら、一千万円」
 「一千万円…」
作品名:腐った桃は、犬も喰わない 作家名:耳子