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腐った桃は、犬も喰わない

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桃井さんとヤクザ 11




 数ヵ月後、皇龍組のシマの風俗店が一斉に潰れたとの噂を聞いた。その後には、『楓』という名前の飲み屋や風俗店が代わりのように突貫工事で建てられた。

 それを聞いて、一個十円のクロワッサンを次々と口に放り込みながら、桃井さんは嘲るように鼻で笑った。


 「楓なんて名前付けてさ、自己犠牲のつもりかな。そんなんで救われるわけもないのに」


 そう言いながらも、桃井さんの顔は泣き出しそうに歪んでいた。





 それから更に数週間後、楓子から手紙が来た。藤色の封筒に入ったその手紙は、楓子に似合わぬ静謐な字で書かれていた。それは時候の挨拶から始まり、皇龍組や楓子自身の近況が綴られ、最後はこう締めくくられていた。


 『昭夫兄さんが死にました。
  兄は、私の下では生きていけなかったようです。
  私やモモちゃんがやったことは結局無駄だったのかもしれません。
  ありがとう。でも、ごめんなさい』


 謝るぐらいなら、初めからこんな手紙を寄越さなければいい。楓子は無残に広がった傷口を、誰かに見せたかったのだろう。悲しみを共有し、虚しさに打ちひしがれて欲しかったのだろう。その気持ちは、人間であれば誰もが持ちえる弱さだ。だけど、それを桃井さんに擦り付けるのは許せない。

 僕は、その手紙を桃井さんには見せず、黙って藤色の飛行機を折り上げた。数ヶ月前、滅茶苦茶に割られ、今も一部はダンボールで簡易修理されている窓から、飛行機を飛ばす。

 僕手作りのアボガドとハムのサンドイッチを頬張りながら、桃井さんが空へと向かって突き上げるように飛んでいく飛行機を見詰める。

 窓枠に頬杖をついていると、対岸側の道路に覚えのある顔が見えた。もう怪我が完治したぎょろ目だ。ぎょろ目の片手には、スーパーの袋が持たれている。きっといつものようにイチゴのパックを買ってきたのだろう。あの日から、ぎょろ目はすっかり桃井さんに懐いてしまっている。

 窓下を示すと、桃井さんがもぐもぐと口を動かしながら近付いてくる。そうして、ぎょろ目と目が合うと、桃井さんは心底嬉しげに笑った。そうして、ほんの小さな声で囁いた。


 「とても、しあわせだなぁ」


 それが自分を幸せだと思い込むための言葉だとしても、桃井さんは躊躇いもなくそう繰り返んだろう。自分を偽る言葉を何年も何年も、一生。虚しさを押し隠して。それは途方もなく馬鹿げた行為だった。


 だけど、そんな桃井さんを、僕は許してしまう。それも、同じように馬鹿げているとしか思えなかった。
作品名:腐った桃は、犬も喰わない 作家名:耳子