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腐った桃は、犬も喰わない

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桃井さんとヤクザ 10




 途中、ケンタッキーに寄って、骨付きチキンと骨なしチキンを買った。公園のベンチに座って、桃井さんは、悠長に骨付きチキンをもしゃもしゃと食べながら、もう片方の手でたどたどしくメールを打っている。その隣では、犬鍋太郎が骨なしチキンをゆったりと咀嚼していた。僕と楓子は、まだ銃撃の恐怖から抜け出せず、カタカタと小さく震えている。

 数分後、物々しい黒づくめの車が公園の入口に止まった。その車の中から、Tシャツにジーンズ姿の男がひょろりと降りてくる。少し垂れ目気味で、口元には柔和な笑みが浮かんでいる。その男の背後を、毒々しい色のアロハを着た男が寄り添うように歩いていた。

 たらたらとした足取りで進みながら、垂れ目の男が桃井さんへ向かって緩く手をあげる。


 「久しぶりやなぁ。あんたが俺呼ぶなんて初めてやないんか?」


 耳心地の良い間延びした関西弁だった。桃井さんは返事を返さなかった。油塗れになった口元を乱暴に手の甲で拭うと、何処か皮肉げな笑みを滲ませる。垂れ目男は、小さく肩を竦めてから、ひらりと掌を振った。


 「ほんで、何の用や? 昔話をしとうて呼んだんとちゃうんやろう?」
 「皇龍組の抗争を止めて欲しい」


 簡潔な言い様だった。楓子が目を見張って、まじまじと桃井さんを見る。桃井さんは無表情のまま、垂れ目男を見上げている。垂れ目男は、一旦うーんと唸ってから、お手上げのように軽く両手を掲げた。


 「無理やな。今更、昭夫も小倉もおさまりがつかんやろう。それぞれの構成員にも相当怪我人も出よるみたいやし、俺にはどうもできん」
 「嘘つけよ、タヌキ野郎」


 思いがけず桃井さんの口から暴言が吐き捨てられた。桃井さんはぐにゃりと唇を歪めて、薄笑いを漏らした。


 「どうにもできないなんて嘘八百もいいとこだ。あんたら吾妻組はさ、昭夫と小倉をとことん潰し合わせて、弱体化した皇龍組を呑み込もうと考えてんだろ。腹黒い若頭が考えそうなことだよ」


 吾妻組若頭という言葉に、楓子の目が見開かれる。垂れ目男が唇の端で微かに笑いながら、それでも空っとぼけるように言う。


 「随分、酷いこと言うんやなぁ」
 「酷いのはどっちだよ。俺の事務所が銃撃されてるときも、吾妻の組員に黙って見張らせてたくせによ」


 そういえば、窓から飛び降りた後、電柱の傍らに人影が垣間見えた気がする。だが、それが一般人なのかヤクザなのかなんて解らないし、その上吾妻組のヤクザだなんて思いもしていなかった。だが、無言でにたにたと笑う垂れ目男の様子からして、桃井さんの言い分はきっと正しいんだろう。


 「俺らは警察とちゃうんやで。何で御前の事務所守ったらなあかん」
 「俺の事務所なんかどうだっていい。ただ、皇龍組はあんたらのガキみたいなもんだろうが。ガキが死にそうになってるところを、食おうとする親が何処にいる」
 「此処におるやないか」


 噛み付くような桃井さんの言葉に、垂れ目男は戯れるように答えた。桃井さんの身体が怒りに強張るのを、僕は見た。

 桃井さんの指先が腰のベルトに突っ込まれたネイルハンマーの柄を握り締める。それと同時に、垂れ目男の斜め後ろに立っていたアロハシャツの男が動く。カシャという音が聞こえたと思った瞬間、飛び出しナイフの先端が桃井さんの咽喉に突き付けられていた。だが、ネイルハンマーの先も、垂れ目男の顎へとひたりと添えられている。

 アロハシャツの男が抑えた声で言う。


 「退け」
 「御前が先だろうが」


 ほの暗い炎を眼球に浮かべて、桃井さんはアロハシャツの男を睨み据えた。アロハシャツの男は、ナイフの先端を微かに動かした。桃井さんの首筋の皮膚がぱくりと割れて、淡く血が滲む。


 「真樹夫さんに少しでも傷を付けたら、手前をブツ切りにして魚の餌にしてやる」
 「できるもんならしてみろよ。手前の真樹夫さんとやらの顎を抉って、一生流動食生活にしてやろうか?」


 どちらも一歩も引かず、張り詰めた緊張感に全身が硬直する。アロハシャツの男と睨み合う桃井さんには、先ほどまでの能天気な様子は欠片も窺えない。まるで野生の猛獣のような、痛々しいまでの獰猛さが滲み出ていた。


 「小山、退いたれ」
 「でも、真樹夫さん」
 「ええから、退け。俺は流動食が大嫌いなんや」


 場にそぐわない長閑な声で、垂れ目男こと真樹夫は言った。小山と呼ばれたアロハシャツの男がしぶしぶといった様子でナイフをそっと引いていく。それと同時に、桃井さんも真樹夫の顎先からネイルハンマーの先端をどかした。

 桃井さんの手に握り締められたネイルハンマーを眺めて、真樹夫が懐かしげに目を細める。


 「そいつのこと、よう覚えとるわ。そいつ振り回しとるあんたが格好良くってなぁ、あんたの出とる試合は毎回見に行っとったわ」


 試合? 小さく呟くと、桃井さんの身体が身震いを起こした。ネイルハンマーを握り締める指先が真っ白になっている。それなのに真樹夫を見詰める桃井さんは、吃驚するぐらいの無表情だ。

 そんな桃井さんの顔を覗き込んで、真樹夫はにたりと頬を歪める。


 「なぁ、もう戻ってこんのか?」
 「戻らない」


 桃井さんは素っ気無く言い放ったが、その声は微かに掠れていた。


 「残念やな。あんたの試合は、血が三割増しやって客に大人気やったんやけどなぁ」
 「もうやらない。俺は借りを返したし、あんたらにも十分稼がせてやったつもりだ。それにあんたは言っただろうが。今まであんたらを楽しませたお礼に、俺の頼みをひとつだけ聞いてやるって」
 「何年前の話や」
 「昔のことだからって自分が言ったことを反故するつもりか?」


 苦虫を噛み潰したように真樹夫の顔が歪む。暫く思案するように視線を宙に浮かべてから、真樹夫は酷く面倒臭そうに呟いた。


 「あんたがもっかい試合出るなら考えてもええ」
 「ふざけんな。そこの犬でも出しときゃいいだろうが」


 桃井さんが顎をしゃくって、小山を指す。小山は片手にナイフを握り締めたまま、警戒するように桃井さんを睨み付けている。

 真樹夫は一度小山へと視線を滑らせてから、何処か慈しむような小馬鹿にするような曖昧な笑みを浮かべた。その笑みは、思いがけず温かいものだった。


 「こいつはなぁ、野良犬やなくて俺の可愛い飼い犬なんや。自分の飼い犬を戦わせる馬鹿はおらんやろう? それに、俺はあんたがええんや。モモイっつう男がな、ハンマー振り回して血塗れになっとる姿が最高に堪らんのんや」
 「悪食が」
 「よう言われるわ」


 くつくつと咽喉の奥で笑って、それから真樹夫は長く息を吐いた。


 「まぁ、マジな話、皇龍組は俺が真ん中入ろうがどうしようが、今更どうにもならん。もう現時点で真っ二つに分れとるんや。あれは、皇龍組っつう名前の二つの組になっとる。それを無理矢理同じもんやからって糊でくっつけようとしたって、バリバリに破けるだけや」
 「だったら、もう二つの組にしちゃえばいい」
 「馬鹿言うなや。二つの組にしたところで、結局今とおんなじように抗争し合うだけやろうが。ええか、解決方法は三つや」

作品名:腐った桃は、犬も喰わない 作家名:耳子