小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

バースデーケーキ

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 分からない。分からない。この人は誰? りなはどうして平気そうなの? なんでこんな見知らぬ人の車に乗っているの? 絶対やばい。何か事件に巻き込まれる。頭のなかが疑問符でいっぱいになりながら、怖ろしい勢いで謀略を巡らせ、いよいよもってやっぱり不意をついてサイドブレーキを掛けるしかない、と確信した頃には車が止まってしまった。
「…………」
 どこについたんだろう。廃工場? 謎のマンション? あるいは事務所?
「それじゃ、帰り道は気をつけてね」
「はーい。ありがとうございましたー」
 否、駅だった。気が付けば私たちは車を降りていて、りながごきげんに手を振っていた。おじさんの車が軽快に去っていくまで、私の頭のなかは空白状態からまったく復活できなかった。
「いやぁ、送ってもらえてラッキーだったね。じゃ、ケーキ食べに行こうか」
 何事もなかったかのように歩き出すりな。
「ちょちょちょちょっと待って! どういうこと? 説明してよ、りな!」
 ほい? と疑問符を浮かべる私の親友。いまだけは、りなの考えがまるで分からなかった。私だけが知らない世界に取り残されたみたい。
「さっきのおじさん、何だったの? タクシーでもないのになんで私たちを乗せたりしたの? っていうか意味分からないんだけど。そもそも、なんで、」
「ああ――大丈夫だよ茜ちゃん。あの人、べつに危ない犯罪者とかではないから」
 笑って、何の陰りもなく歩き出すりな。私は聞き分けのない子供のように、歩くりなに問いかけるのだった。
「どゆこと? やっぱり、りなの知り合いだったの?」
「ううん。私も、自分の目で見たのは初めてだよ。前々から話は聞いてたんだけどね」
「話は聞いてた……って」
 じゃあ、何? あの人は有名人か何かってこと? しかし、笑顔のりなの口から飛び出したのは、ちっとも綺羅びやかじゃない話だった。
「トラック事故。茜ちゃんも知ってるでしょう、駅前で事故に遭って、人が亡くなったって」
「え……ああ、」
 それは確かに、知ってるけども。でもそれが、さっきの謎の無料タクシーおじさんと何の関係があるっていうんだろう。
「事故で死んだ男の子はね――学校帰りに、トラックに轢かれて死んじゃったんだって。そんなの理不尽だよね。昨日まで元気に生きてたのに、顔がぺしゃんこになって死んじゃうなんて酷すぎる話だよ。だからね、もう誰もそんな事故に遭わせたくないから――って、あのおじさんはいろんな学生に声を掛けて、なるべく送ってあげることにしたみたい」
 なに、それ。理屈は分かるけどどこか不穏だ。親切だけれど病的で、何か――そうどこか、ブレーキが故障してしまってる。そもそもあのおじさんは誰なんだ。
「――――あの人はね、事故で息子さんを亡くした父親なんだよ。」
 ああ…………そうか。そういうことなのか。
「茜ちゃんは、知らない? 学校でも噂になってたんだよ。知らないおじさんが、『送ってあげようか』って声を掛けてくるの。そして何事も無く送ってくれて、別れ際に『帰り道は気をつけてね』って言われるの。何かの詐欺にでも遭うんじゃないかと思っても、結局ただ送るだけ。それで、よくよく話を聞いたら、事故死した人のお父さんなんだって」
「………………そう、」
 そうだったんだ。それは、なんだか悲しいようで、でもどこか気分が悪くなるような話だと思った。
 なぜだか複雑な気分になる。どこか病的で――そうだ……人間は、事故の恐怖を簡単に忘れる。すぐそこを行き合う自動車の恐怖を忘れる。一分一秒自動車に怯えてたら、街で生きて行けないからだ。なのに、あのおじさんはそれを忘れないんだ。脅威を忘れることが出来ずに、見知らぬ学生たちを安全に送り届けることで代償行為を行っている?
 けれど。
「…………なんだろう。ちょっと、複雑な気分になるわね」
「そうだね。でも、冷たく断るよりはよかったと思うよ?」
 確かにその通りだ。私たちを安全に送り届けることで、あのおじさんが一ミリでも救われたんならそれはマシなのかも知れない。そんな風に考えるしかない。
「……ごめんね。さぁ茜ちゃん、ケーキ食べに行こうケーキ!」
「ああ、そうねそうだった。よし、ケーキ食べるわよケーキ! 1ホールはカタイわね!」
 暗い気分を払拭するように、私は明るい声を発した。また二人ではしゃぎながらケーキ屋さんに向かっていく。
「…………」
 道中、反対車線で、黒いクラウンが道端に止まって、また別の学生に声をかけていた。私はそれを一瞬複雑な思いで見て、前に向き直った。




                                         /バースデーケーキ
作品名:バースデーケーキ 作家名:廃道