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初恋

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━初めての出会いは、士官学校への入学が決まった祝いの席でだった━


 緑豊かな国『カーフィル国』、様々な種族が居る地上で『人間』という種の中では最も強いと噂されている。その国の難易度の非常に高い士官学校への試験を、カーフィル国第一王子−シリウス−は実力で合格を勝ち取った。
 そのシリウスの為、合格を祝う内輪の席が設けられた。内輪といってもそれなりの人数が居るらしく、広い会場を貴族達が埋め尽くしていた。
「よう!シリウス!」
 適当にうろちょろしていると、明るく声をかけられた。
「デュラン!」
 シリウスは嬉しそうに従弟へと顔を向けた。
「すごいじゃないか!!お前!!」
「俺様の実力をなめるなよ」
 にっ。と、唇の端を上げて笑ってみせた。
 彼は王である父の妹の息子で、一番仲の良い従弟である。
 そんな彼と暫し歓談していると、主役のシリウスはあちこちから声をかけられ一箇所に落ち着いてはいられなくなった。
「じゃあ、またな!」
 シリウスは片手を上げて、名残惜しそうにその場を離れる事となった。
 行く先々で皆からかけられる様々な賛辞の言葉。最初は丁寧に対応をしていたが、流石に疲れてしまいシリウスは表面だけの笑顔で対応していた。シリウスに声をかけようとする者達の区切りがつくと、楽しげに踊る人々を横目で見ながら主役はテラスへと向かっていた。
「は〜…疲れた…」
 ようやく賛辞の輪から抜け出したシリウスは、眉間に皺を寄せアイスブルーの瞳を細めると大きな溜息を零した。士官学校に合格したとはいえ、まだ十二歳の王子。堅苦しい席はどうも苦手だった。
 肩まで伸びた銀色の髪を風になびかせながら、テラスに来る途中でもらったグラスを傾け一気に飲み干し一息吐く。
「別にパーティーなんか…」
 開かなくても…と、続きを言いかけた時だった。同じテラスの端に一人の少女が居る事に気付いた。少女は物憂げに夜空を見上げている。見た所、自分とはそれ程歳は離れていない感じがする。
 シリウスの視線に気付いたのか、少女がゆっくりとこちらに振り向く。
 肌の色はぬけるように白く、限りなく薄い金色の長い髪。夜目にも分かる優しい緑色の瞳。不思議な雰囲気の少女だった。あまりにも神秘的な様に、シリウスの胸が大きく鼓動を打つ。そして、追い討ちをかけるように何故か顔が赤らんでいく。それは、独り言を聞かれた事からくる恥ずかしさというものだった。
「…っと〜…」
 なんと反応していいか分からない。しばし、シリウスが困った様にたじろんで居ると、少女が柔らかな微笑みを浮かべ洗練された優雅なお辞儀をシリウスへと行うと、薄桃色のドレスの裾と髪を夜風になびかせながら口を開いた。
「こんばんは」
「あっ…」
 少女の歳に似合わぬ程の柔らかな物腰に見惚れて、更に恥ずかしい事に言葉が詰まってしまった。顔を赤くし、シリウスは俯いた。こんなんじゃ王子としても男としても恥ずかしい。
 そもそも、少女がシリウスの事を王子と気付いているかも疑問ではあるが。
「失礼致します」
 少女はシリウスが俯いてしまった事で邪魔をしてしまったと勘違いしたのか、再びお辞儀をすると会場へ戻ろうとゆっくりと踵を返す。さらり、と、流れる髪を追うように、シリウスは手を伸ばしていた。
「ちょっと、待って…!」
 会場に入られたらもうゆっくりと話が出来なくなる。この気持ちが何なのか、今のシリウスにはわからなかったが、少女を引き止め話したいと強く感じた。
 シリウスの呼びかけに少女は足を止め、少々驚いた様に振り返る。
「恥ずかしい所をお見せした。誰も居ないと思っていたので」
 シリウスは冷静を取り戻すと、微笑み少女へと歩み寄り距離を縮めた。
「いいえ、私こそお邪魔してしまった様で申し訳ありません」
 困ったように微笑む少女を見て、ふと気付いたことがある。今日は内輪のパーティー。見知った顔ばかりが並ぶこの席で、シリウスは少女の事を今日まで見た事も聞いた事もなかったのである。
「君は…?」
 思わず口をついて出た言葉。少女はやんわりと微笑んだ。
「丁度親戚の所に遊びにきていまして、親戚に誘われ出席させていただいたのです」
 どうりでシリウスが知らない訳である。そもそも、これだけの存在感であるならば覚えて居ない方がおかしい。
「そうか、どうりで見覚えがない訳だ」
 「はい」と、少女は微笑む。
「名前を伺っても?」
 シリウスが少女の名前を聞こうとしたその時の事だった。会場の中から誰かが彼女に声をかけた。テラスからは室内からの灯りで逆光となり、少女を呼ぶ者が誰だかは分からない。
「あ、はい。今戻ります」
 少女はそう返事をすると申し訳なさそうな表情で、シリウスの方へと向き直り深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、呼ばれましたので失礼致し…」
 シリウスは少女の謝りの言葉を最後まで聞き遂げずに、少女へと手を伸ばしレースの手袋に包まれた華奢な手を取った。そして、流石王子というだけあり、流れるような優雅な動作で少女の手の甲へと口付けた。
「えっ…!?あの…」
 驚いたのは少女の方である。あまりこういった事に免疫がないのか、先程までの落ち着きは何処へやら耳まで真っ赤にしておろおろとしていた。少女はどうしたら良いか分からず立ち尽くしていると、シリウスは手を取ったまま顔を上げると微笑んだ。
「また、逢いたい」
 シリウスの笑顔とその言葉に少女は幾分困ったような笑みを浮かべて、落ち着こうとしたのか一度ゆっくりと緑色の瞳を瞬かせた。そして数歩ずつゆっくりと後ろへと下がっていくと共に、シリウスの手から少女の手が離れていく。
「きっと…━」
 少女の言葉の後半が聞こえなかった。シリウスは少女に聞きなおそうと口を開きかけたのと同時に指先と指先が離れた。そして、ゆっくりと会場へと戻っていく少女。何度も何度もシリウスの事を振り返っていた。

 結局、その少女には二度と逢える事はなかった。名前も聞けず仕舞いだったが、ほんの一時を共に過ごした少女。成長していくシリウスの心にはずっとその少女が居た。初恋の少女が…。

 
作品名:初恋 作家名:水月 翔