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みゅーずりん仮名
みゅーずりん仮名
novelistID. 53432
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芸術

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「このアングルから見ると、面が・・・君、聞いてる?」
言葉が通り過ぎた後に、私の耳に届き、反射的に頷いた。若い講師が苦虫を噛み潰した様な表情でこちらを見ている。
「あ、はい。アングルですよね」
答え方を間違えたようで、講師の顔は青ざめ表情は憎しみに変わった。

才能は、潰された。

呆気なく儚く、若い才能は散るのである。
私が今ほどの年齢であったなら、憎しみが私の歓喜に変わる日を夢見るべきであると悟ることが出来ただろう。キャンパスに乗せられる絵の具は、一箱を超え、いくら塗り潰しても消せない過去が蘇る。

若い頃、私には才能があった。
少なくとも、自分の才能を認めてくれる人は存在していた。才能がない分野でしか成功はない、と知ったのは最近のことで、これで良かったのだと私は肩を落とした。今更、絵筆を取る勇気は無く、キーボードと画面を見つめながら虚しくなった。

芸術家を目指すには努力と才能が足りなかった。
経済的に発達した銀行員の父親から、芸術を志す者は生まれない。努力を重ねた分野では、そこそこの結果を生み、才能を生かした分野は死の底から常に私を救い出している。
これで、良かったのだ。

ヨーロッパの美術館巡りは目を肥やし、芸術家とは芸術作品を生み出す芸術であると考えるに十分であった。完成品を目にすることは、恐怖心と嫉妬心との戦いであり、その瞬間に未来すら失う体験である。愛と憎しみか、芸術と生活か。アーティスト志向が叶うには、枯れ葉より軽い人生を儚く生き、死の淵の闇に浮かぶ光を求め続けるしかない。

なんと、私はそれを十代にして見抜いたのである!
それが、芸術家の卵にもなれなかった理由である。

努力を重ねたからといって、お金を取れるほどの腕前になることは難しい訳だが、人を楽しませることもまた困難な課題である。
ところで、文章だが、私は割と作文が得意であった。それが、作家の卵を目指した理由である。才能は、特段、あった訳ではない。それで割と、努力を重ねたのである。

すると、人よりも文章は割と上手くなる。割と運動が得意でなくても、物凄くハードな運動を3年間続けると、割と運動が得意になる。芸術もおそらくその理論が当てはまったのだとすると、ものすごく頑張れば、アーティストであったに違いない。

それが、いつも虚しい理由である。

つまり、大人とは皆、同じ理由で常に虚しく死の淵を見ている。子供はいつでも天才で、やがて自力で運命を切り開く必要があることを知ることになる。金メダルを取る人が、世界で一番努力したとは限らないが、世界で一番足が速く、努力を重ね、運が味方した人であることは確かである。ノーベル賞を取る人が、世界で一番天才だとは限らないが、世界で一番認められ、研究を重ね、努力した人であることは確かである。

私は、働かなかった人だけが芸術家になれることを知っている。しかし、努力は物凄いしたはずなのである。生きる努力とかを。世間に背を向け、右翼的に生きることで社会貢献し、赤い色を纏い続ける勇気ある者たちが芸術を術としたのである。私は少しだけ涙し、無知な若い頃を思った。未来は常に薔薇色で、私の心は軽かった。

悔しいなぁ、大人って。
何が罪であるのかを考え出した時、芸術は発展したのだろう。私は道端に生えている木の枝を引き寄せ、花を見つめた。あの頃に見えた線が、今も見えている。手を離すと、枝は元の位置へ戻り、ぱらりと葉が落ちた。その葉をポケットに押し込み、私は歩き出した。

もう芸術家にはなれないんだなぁ。
何十年も忘れていたことなのに、悔しいような気がするのが不思議だった。代わりに得たもののことでも考えよう。いつの時代も、古い者は捨て去られるのだから。溜息はいつもより軽く、煌めく太陽の光はあの頃も変わらない。

時間との戦いに疲れたら、また今日の気持ちを思い出すんだろう。
私は、右手で目に掛かる前髪を掻き上げて、道の向こうの横断歩道に目をやった。信号機は赤だ。私が行く頃には、青色に変わっているだろう。




   ~ 終 ~

作品名:芸術 作家名:みゅーずりん仮名