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私の読む 「宇津保物語」  楼上 上ー3-

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唐綾の表紅梅、裏が青の襲(なでしこ)、襲の細長、二藍の織物の唐衣、薄物の地擂りの裳、袴一具、の被物と大将仲忠の返書を持って朱雀院の使いの蔵人は出て行った。

 唐の紫の色紙に立て文で消息を書き姿の良い松の枝に取り付けた。蔵人は、

「脚気で脚が動きません。右肩にも左肩にも沢山被物を戴き、蓑虫のように着ぶくれて、むくむくと歩いて参りましょう」

 と、言っていると女房が側によって、こっそりと、

 雨のあしはらさめなるを蓑虫と
なにむつかしくかけていふらん
(村雨ならばコオロギが鳴くはずなのに、どうしてわざわざむさ苦しい蓑虫などと言うのであろう)

 と、万葉集の歌(2160) 

 庭草にむら雨降りて蟋蟀の
    鳴く声聞けば秋づきにけり

 を頭の中において詠う。
 
 蔵人は、

「なんだかさっぱり分かりませんよ、酔ぱらっていますから」

 あさ夕日照りみかゞやくおほ殿に
  なくべき物かげにやみのむし
(朝日に夕日に照り輝くこの大殿には、全く蓑虫ごとき物が啼くべきではありません)

「仰ご尤もご尤も」と言うと、逃げ腰になってよろよろと酔ってふらふらと歩くので、女房達は御簾の中でおかしいので笑っている。仲忠も笑って、蔵人は被物を庭に落としていくので、人を呼んで車に蔵人を押し込むようにして乗せる。


 内侍督の返書は、

 畏まって御文お受けいたしました。

 老のよに流れて清き呉竹の
すゑのよにこそ結ぶ名も立て
(私の老後に、皇統の御孫犬宮の琴が実を結んで世に名高くなることで御座いましょう)

 と、したためた。

 殿移りの祝賀の祝いが済んで四日目夜、夜半過ぎに一宮は自分の殿に帰った。行列はひっそりと、四位が六人、五位十人ばかりが車の周りを警護した。仲忠はこれでは用心が悪いと心配して、色々と言って一宮を納得させて暁に出発させた。 

 二宮は一宮の帰りを迎えて、

「本当に退屈していましたのよ、お姉様よくお帰り下さいました」

 と、喜んで言う。

 仲忠は急用無ければ参内しないからと、大舎人の老いた頭、大ふる小ふるという名の者など五六人を宮中の仕事を欠勤させて京極の警備にあたらせた。

 門番には夜中でもきちんと勤務するようにと、しっかりと命じた。門はよほどのことがなければ開門しなかった。

 こうして、兼雅は北方の内侍督の所へ来て、

「大変心配だ。不安で気になって落ち着かないだろう。昼はよいとして夜は私が参ろう」

 というと、北方は

「気でも狂ったように子供みたいな事を仰いますな。夜こそ昼間と違って心静かに習うことが出来るものです。一宮も落ち着いてはおれないでしょう。犬宮を一人にしてこの京極に置くことは余程の決心が要ったことだと思います。

 貴方は、三宮を始めご夫人方をお訪ねになって下さい。気持ちを陽気になさって」

「それは結構なことです。貴女は私から離れてこの京極にいて、最後になさりたいことをみんなし終わるでしょう」

「どうしてその様なことがありましょう」

 と、なんとなく恥ずかしそうに微笑まれたので、兼雅は、

「今、犬宮に琴を習わせになって、やがて稽古が仕上がったときに、お二人の院は、それを待って演奏を聴きに参る、と仰った。

 仲忠、貴女のためにも私のためにも、いい結果になるように、犬宮は琴をお弾きになるでしょう」

「その様ないじけていくじのないこと、を仰いますな、聞きたくはありません。 仲忠は、この度のことは門を閉ざして、公のこともお断りして、私のことは勿論聞かないでしょう。

 何にでも惑う貴方のことを仲忠が聞くかと恥ずかしい。そういうことはなさいますな、夜の明けぬうちに早くお帰り下さい。

 一宮は犬宮をどんなに恋しく思いでしょう。それを今度という今度は仲忠が心を鬼にして、犬宮の母をここへ呼ばないようにしているのです」

 兼雅

「ごまかしなんか仰るな。一体琴を教えるからと言って、親子という間柄を割いてしまう、そんなことが許されるだろうか。

 筋の通らないことを仰るが犬宮にとってはちょとの間でも会いたい母君を、直ぐにここに移しなさい。私もこのままここにいよう」

 北方

「ではその通りに致しましょう。しばらく辛抱いたしましょう。仲忠でさえ一宮の所に行かないのに」

「いま、世の人みんなが止めようとしても、私は忍びで時々ここに来よう」

 と言って、兼雅は納得いかないような浮かない顔で北方の許を去った。夜が明けて明るくなる。

 仲忠は父兼雅の前に出て、兼雅は仲忠を供にして殿内のあちこちを見て歩くのは、まるで兄弟のようで兼雅は年より若く艶めかしい容姿である。

 兼雅は北方の所に来て、

「この建築は前の基礎を使って造築したのか」

 と、聞くと、

「そうですわよ」

「見事に、大変上手く造ったものだ」

 兼雅は、かって若いときの賀茂祭りに荒れたこの殿の前を行列を立てて通った時のことを思い出し、小屋は皆倒れて、所々草が生えて蔀などは草高い中に倒れてしまい、念誦堂は柱だけ、寝殿の瓦は落ちてしまい、情けない姿であった。

 高い草を分け入って見ると、壊れた建物にさし込む月の姿を見ている乙女に会い、一夜を供にして、あけの日に無理に立ち去った、その時の気持ちを思いだして胸が締め付けられる思いがしてくる。

 涙を流す父を見て仲忠は、

「昔のことを思い出しておられる」

 内侍督も兼雅につられてその辺を見回すと、。年々生える雑草は、八重葎などは床の板敷きよりも高く伸びて密生し、一面に茂って人が来ても分からないほどであったことを思い出す。

 仲忠がこうして犬宮と母君二人を迎えるので立派に楼まで造って、また、ここへ移るのに立派な行列を仕立てて世間の注目を浴びながらの引っ越し、久しく忘れていた昔のことを思い出されるのである。我慢が出来ずに涙がこぼれてくる。それを見て兼雅は、

「縁起でもない、と涙を流すことをこの際忌み嫌うこともないと思っていますよ。しかしそれにしても我慢なさい。私がこのように側にいたことは無駄ではありませんでしたね」

「貴方がいらっしゃらなければ、そういうこともなかったでしょう。仲忠には苦労を掛けました。どう思っていますか」

「仲忠は誰の子供でしょう」

 仲忠は二人を仲の良い夫婦だと見ている。

 兼雅も涙が出そうになるけれども供の者たちの眼があるので我慢をしているが、

「何かにつけて不安でしょう。時々そっと伺いましょう。どうですか」

「結構で御座います。様子を見てそういうことに致しましょう、しかし、何かあるごとに朱雀院が是非にとお召しになるのでも、犬宮が幼いのでご辞退申し上げています。

 そういうわけですから夜も犬宮にはしっかり習ってもらい、その様なときに貴方が側においでになるのは、どうかと思います」

「やっぱり難しいことを言うね。貴女は私より冷淡です。きびしい」

 と、兼雅は言って十七日間居られた。

(楼上 上終わり)