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私の読む 「宇津保物語」  楼上 上

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楼のうへ 上

 右大臣兼雅のあの一条殿の対の各所に住んでいた夫人方達は、女三条の宮が三条殿に迎えられたので、今度は最後だな、と銘々が自分の住居に移りになったが、その中で、西の対にいる源宰相の君は、

 ふるさとに多くの年は住み侘びぬ
    わたりがはにはとはじとやする 
(あなた兼雅の故郷に久しい間貴方を待ち侘びて暮らしました。私が死ぬときにはお尋ね下さるでしょうね)

 と、わたりがは、三途の川(古今集829)の歌をもじって柱に書き付けて有るのを兼雅が見付けて、

「宰相の君は思慮深く綺麗な女だったが、惜しいことをした。何とかして宰相の君だけはその行く先を聞き出して尋ねてみたいものだ」

 と、言うと北方の内侍督は、

「それは宜しいことですね。女三宮がお出でになった一条殿は、大勢住んでいた女達も居なくなって淋しゅう御座います。

 場所も広く趣きもあり結構なところですから、以前のようにお住みなさいませ、そうすれば私も女の方とご交際できますでしょう」

 と、言って丁度やってきた息子の仲忠に、

「父君が仰った宰相の君のことは、心に留め置いてお探しして差し上げなさい」

 と、母親から言われて、父は彼女のことをまだ思っているのか、長いこと、と思う。


 朱雀院と同腹の妹で承香殿女御(今の帝の女承香殿とは別人)がお産みになった姫宮が伊勢の齋宮でおられるのであるが、妹女御が亡くなられたので、都へ上ろうとしていた。

 兼雅が仲忠に、
「齋宮の母上と女三宮は姉妹であるし綺麗な方であるので近くであるから時々お会いしているうちにいつか関係ができてしまった。

 ところが急に齋宮になられて伊勢にお下りになった。

 再びこのようにしてお会いしては、何も考えられない気持ちである」

 仲忠
「居るのに行かないよりは、そっと偶には会ってあげていただきたい。齋宮はまだお若くていらっしゃいますでしょう」

「どうだろうか、今もお若くていらっしゃるだろう。齋宮はどうお考えであろう、私には勿体ないことだがね」

 仲忠
「齋宮のお年を考えますと、現在のお二人はお似合いではありませんね」

「さあね、あい変わらず私は遊び半分だから」

「差し当たって宰相の君はお探しいたしましょう」


 この頃石作寺の本尊の薬師如来が霊験あらたかだ、と言う評判で多くの人が参詣する。

 仲忠は物忌みをしようと密かに供数人を連れて参詣をする。本当に大勢の参詣人が騒々しく参っている。暁にみんなは帰っていった。


 仲忠が参籠の局の傍に同じように参籠をした人がいたが、大変上品で、声も気品がある。下仕えらしいのが二人側に従っている。ひどく憚るという様子でもなく、几帳の隙間から見える姿も見苦しくない。

 大徳が、御堂内から来たらしく、乳母であろうか大人っぽい声で、

「この小君の御事を宜しくお祈り下さい。親でいらっしゃる殿に知られますようにお願い申し上げよと、主人が大層心苦しそうに嘆かれますので、私は乳母として見るに忍びません」

 と、乳母が大徳にお願いしている。仲忠は,

「会う機会があるだろうか、可哀相に。親も子もお互い知らずにいるのだ。親というのは誰であろう」

 と、考えていると八、九ばかりになる男の子が髪は膝の後ろあたりまでのばして、掻練・直衣姿であるが着ているのは草臥れてそこら綻びている。色が白く美しい子供である。化粧もしないでただ此方の方を局の外から見ている。

 仲忠がその子供をよく見ていると宮君のお顔に似ている。声は上品で無邪気に物を言うので、可愛い子供だと互いに顔を見合わせる。扇で招くとにっこり笑ってすっと仲忠の側に来た。

 几帳のなかでは、上品な声で
「あの子を呼びなさい、何処へ行ったのだろう。人前に出ては見苦しいことなのに」

 下仕えや乳母が、こっちへいらっしゃいと呼ぶが、子供は聞かずに仲忠の膝に抱かれている。仲忠が、。

「母君がそこにおられるのか」

 と、問うと、お出でになりますと下仕えが返事をする。

 仲忠は子供を膝に乗せて

「何方のお子さんですか」

「知りません」

「父君は何と仰るお方ですか」

 抱かれている子供が

「右大臣のお方と聞いていますが、まだお見えになりません。母上が呼んでらっしゃいます。彼方に参ります」

 と、言って立ち去った。

 仲忠は、
「不思議なことが有るものだ。西の対にいた宰相の君なのか、子供がいるのに一目も見ないで、生まれた子供は伯母君が連れて行かれて可愛がっておられる、と父君が仰有っておられたのがあの子であるな。そうに違いないもう少し見てみよう」

 と、思って硯を取り寄せて、 

 わたり川いづれの瀬にかながれしと
      たづねわびぬる人を見しかな
(わたり川のどの瀬かと尋ねても尋ねても分からなかった人を見付けましたよ)

 おい出だったのですね。本当を申しますと、色々と承りたいことがあります。道案内は私がちゃんと致します」

 と、書いて仲忠は身近に使っている童に文を届けさせようと、

「このご返事は必ずこの童にお渡し下さい。宰相の君殿」

 と、童に言わせた。

 宰相の君は渡された文を手にして中を読むと、仲忠の筆跡である。大変恥ずかしく思い、自分を仲忠はどう思いであろうと心配するが、これも仏の導きだと本音は大変に嬉しかった 真っ白な色紙に、宰相の君は、

「大変不安な気持ちで御座いますが、 

 わたり川たれか尋んうきしづみ
      消えては泡となりかへるとも
(三途の川まで誰が尋ねましょう。浮き沈みがひどくてやがて泡と消えましょう)

 わたしは、仲忠様を覚えておりません」

 と、書いてあった。仲忠が推測すると、前に見た宰相の君の筆跡よりもずっと艶があって品よく書いてあるが、

「宰相の君の文だろう。実に紛らわしいな」

 とみて、直ぐに返事を、

「父は決して貴女を嫌いになったわけではありませんでしたのに。今から私は貴女を親だと思って信頼したく思います。

 父は真面目に貴女がこの頃どうして暮らしておられるか、とお嘆きです。

『もし出家でもしておいでなら、どうしてお迎え出来よう』

 と、仰有って、一人心細く思っておいでですので、宰相の君とこのようにお会いできて、大変嬉しく頼もしく思います。

 父君を大事な方としてお仕えになって、私を心安い者と思っていただければ本当に嬉しく思います。

父には話しておきます」

 と、書いて送った。膝に抱いた子供の小君には、


「私の弟ではあるが、子供のように思う」

 などと言って、色々と話をする。

 仲忠が立派な方で、小君の望み通りにこう仰ったので世間をまだ知らない小君も子供心にも大変嬉しくて、

「私も父君とお思い申し上げます」

 と、言うので、仲忠が、

「此方へいらっしゃい」

 と、言うと喜んで仲忠の局に入ってきた。乳母達は限りなく喜ばしいことと思う。

 仲忠は局の仕切りにしてある襖越しに宰相の君と対面する。仲忠は宰相の君と会って思う。