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私の読む「宇津保物語」 國 譲 中

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 早く、この殿にお出で下さい、北方のお住まいの南殿は実忠が相続しました殿と隣り合わせで、今から仲睦まじくお暮らしなさいませ」

 北方は、文書を見て大変に泣かれた。そして、

「このように呆れたほどの片田舎で御座いますから世間のことは余り聞こえてきません。
太政大臣の薨去のことも久しく時が過ぎてから耳に入りました。

 大変に悲しく、父親の実忠は居ないも同然の袖君を抱えて、例え離れてはいましても祖父大臣がご健在であればと思っておりましたが、私共にこのようなお心の籠もったことを仰せで御座いまして、勿体ないことで御座います」

 と言って泣く。北方は喪服を着て、袖君は軽装の喪服を着ていた。

「実正様がお出でになるならば、袖君も正式の喪服を着せましたのに、慌てて不体裁です」

 と、北方は袖君を正式の喪服に着替えさせた。民部卿実正も涙を流して

 山里を独り眺めて我が宿の
      藤のさかりをいかで聞きけむ
(山里で淋しく暮らしている貴女がどうして私の家の不幸をお聞きになったのでしょう)

 北方

 松枯れて藤のみ有りと聞きしかば
我も袂は深くなりにき
(松が枯れて藤ばかりが残ったと聞きましたので、私の袖も濃くなりました)


「さて、袖君はどのようにお育てになりました。北方は、かっては、あて宮に劣らない美人で有るとお聞きしていますが」

 と、言って御簾を巻き上げて民部卿は見ると、。鈍色の喪の几帳を立てて、親子が揃って居た。袖君は、濃い鈍色の一襲、小袿、掻練の袿一襲を着ておられた。歳は十七ばかり、髪は大変に美しい。

 母の北方は高貴な上品さを備え、髪も清楚である。歳は三十五のように見受けられた。民部卿実正は袖君に、

「私を親と思いなさい。これからは万事お世話を致しましょう」

 と、袖君の髪を触ると、髪が多く七尺ほどもあった。北方は、

「袖君の髪はもっと長く豊かになるはずでありましたが、私達の移り変わりが激しく夜昼と思い嘆き、ある時は伏したまま頭も上げず、頭も顔のかたちも人のようには成長をしなかった。私の子供は、普通の子供とは違って、父親を恋悲しんで真砂君は亡くなりました。
この子のことは今も忘れることはありません。

 袖君も未だに父を慕っていますから、この娘も亡き真砂の後を追うのではないかと心配です」

 民部卿実正
「これは不可解なことを仰います。なにかの因縁でしょう、万事は自然に起こった障害のようなものですから、実忠は世間の人とは違った物好きであったと思いますよ。
 今回は里を出て父季明が貴女のために遺した殿へお移り下さい。今日は引っ越すには吉日でありますのでお迎えに上がりました」

 北方
「いいえ、今更嫌な思い出の里には戻ろうとは思いません。袖君は若いのだから父君のいらっしゃるところへお行きなさい。私はこのまま墨染めの衣を着て果てましょう」

 実正
「なんと詰まらないことを仰います。北方も早く出発なさいませ。母君が袖君に付き添わなければ、袖君はどうして暮らしていけますか。袖君の後見をする方がいなくてどうします。

 そんなに貴女が世をお捨てになる程のことではないでしょう。実忠もやがて非を悟るのを見られて、気持ちが落ち着く事もありますでしょう」

 そうして料理、折敷四つに、海草を干したもの、果物などを入れて肴として、柑子、一籠あり合わせの物を実正の前に出し、酒をお出しした。供の人のなかで実正の近從には色々な物を、先駆けの者には腰差しの巻き絹を与えた。それ以下の者には禄などを与えられた


 絵解
 この画は志賀の山本。

 このようにしていると藤壺の出産が今日明日に迫ってきたので、みんなは寝殿の中の産屋をしっかりと固めて、大殿に控えている。藤壺の兄弟達は、三人四人ごとに宿直をする。
藤壺の方に居られて、ある者は夜泊まられて居る。

 そこへ春宮より、適当な銀黄金で作った橘を一餌袋に入れて、黄色がかった色紙ひと重ねで覆って、竜胆の組紐で結わえて、八重山吹の造花に付け、文を添えて送られてきた。文は、

「気懸かりにならない程度に文をと思いますが、頼みにしていた時期が過ぎてしまったので、それが辛くて、ご無沙汰になりました。

 この頃は夜はいかがお過ごしになっておられるかと思いやられます。

 さてこれは、子供達に。貴女が見ておられる間だけでも愛してあげてください。

 羨まし今五月待つ橘や
我がみに人はいつか待ちでむ
(今五月を待つ橘が羨ましい。いつになったら藤壺が私のそばに来てくれるだろう)

 と、思って見るも不安な気持ちです」

 と、あった。大宮が餌袋を開いてみると、大きな橘の皮を横に切って、砂金を実のように見せて橘の皮に包んであるのが一袋あった。

 大宮は、
「なんと面倒なことをしたものですね。これは誰に作らせなさったのであろう」

 と、使いのいつも来る蔵人に尋ねると、

「兵衛や中納言女房が仰せを承って、春宮の御前でお作りになりました」

「こんな面白い趣向は、仲忠以外はなさらなかったものですよ」

 大宮は子供達に分けて与えられた。

 蔵人少将近純、
「こっちへお出で、誰彼に橘を食べさせよう」

 と、言いながら子供達と手遊びをしていた。

 ご返事は、

「この日頃御消息を戴けませんでしたので、大変心細く感じていました。さて、

『頼みにしていた時期が過ぎて』

 とは、承ったことがありませんのに、

 みにもかく昔の人をならしつゝ
花たちばなを何かうらやむ
(ご自分の身近にお気に入りの妃達をお手馴らしになりながら、花橘をどうしてお羨みになるのですか)

 あれこれ多くの事を書かれた。大宮は使いに女の装束一具を与えた。

 こうしていると、夕暮れに見知らぬ女達が大きな水桶四五個を重ねて置いて立ち去った。局の者達が
「怪しい奴、知らない女達が数人大きい水桶を四五個を置いて去っていった」

 と。言ってよく見ると、白い組み糸で、くぼてに編み結んだものが五個入っていた。

 中に入れて見ると、大きさは桶と同じくらいである。開けてみると、一つには練り絹をご飯を盛りつけたようにしてはいっている。もう一つには綾が同じようにして入れてあった。もう一つには沈香を鰹や鮭のように見せて入れてあった。くぼての蓋には下手な女の筆跡で(訳せない)

 今日ならむ。からうじて一ついゝのりつるひしてくすにはなとか

 祈言もきかずなりにしかさまには
神の多かる葉盤ぞてとぞ

葉盤【窪手・葉椀】くぼ‐て
 神前に供える物を入れる器。カシワの葉を幾枚も合せ竹の針でさし綴って、凹んだ盤(さら)のように作った。(広辞苑)


 と、書いてあるのを孫王女房は、
「誰であろう、時々ある、いつもの誰だか分からない人のいたづらではないの。暫くこんなことはなかったのに」

 と、言う。孫王女房は何とかこの返事を伝えたいと思うが、その機会がないので、藤壷の前に披露をして見せると、藤壺は、

「大変清らかな神のお下がりですね」