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私の読む 「宇津保物語」  菊の宴 ー2

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女御仁寿殿の食事一切は民部卿実正が担当した。御前に沈木の折敷、打敷、御前に並ぶ物は同じ。
 左衛門の督からも、大宮から初めて姫君達の前まで蘇芳の折敷廿宛、腹違いの弟妹からも大后の女房の宣旨、おもと人(御側近く仕える女官。侍女)、内侍、命婦、蔵人の前に三方刳方を重ねて差し上げる。

 それ以下の人地位の人にも与えられて、上達部、親王達の女房、遊び人、舞人まで配って終わる。

 また、銀で作ったもの、黄金で作った若菜の籠、同じように壷、色々な模造の枝に、宝物を吊して連なって持ってくる。

 元大后の尚侍(内侍司の長官)松に鶴が止まる飾りの簪を

 おのれだによはい久しきあしたづの
        子の日の松のかげにかくるる
(自身がすでに寿命の長い田鶴なのに、末長いと祝われる松の陰に隠れて、ますますお目出度いように、貴女様は恵まれていらっしゃいます)

 お返し、

 われひとり鶴と松とをみるよりも
        ひとつ/\は君にとぞ思ふ
(私一人で、鶴と松とを占めるよりも、一つは貴女の物として、取っていただきたいと思う)

 などと言われていると、春宮が、年の初めにまだ顔を出さないのを、同じ事ならお目出度い日にと、六十の賀の会に出席された。嵯峨院の帝が驚いてお会いになった。

 楽が始まり、子供達が舞を舞う。正頼の息子宮あこ十一郎行純九歳、落蹲を舞う。

 上達部が舞台へ案内して、舞台に立つと、帝始めみんなが驚く。

「今は実に様々な才能が最も盛んなときです。人の容姿も勝れていますが、その中でも選ばれた人達がこの世では知られていない技を見せようと、吹上の宴や神泉の行幸の時に見せていたが、そのときにも見なかった素晴らしい舞の手ですな」

 と騒ぎが会場に広がり、上達部、親王達を教えた
仲頼、行正は涙を流して見ていた。

 続いて、十二郎君近純(大イ殿子)が陵王を舞う。
さながら陵王が生きているように舞われた。その舞に帝が驚き不思議に思い、舞が終わった二人の子供を側に招いて、杯を取って、

 すぎにけるよはひぞのぼる雲ちかく
        遊びはじむるたづの雛どり
(雲近く遊び始めた田鶴の雛鳥のおかげで、過ぎ去った年が伸びるようだ)

 大宮腹の行純は

 君にとてよゝをば思ひ白雲に
        つらねて遊ぶたづの雛どり
(君に捧げようと、世の掟も存じませぬままに、私ども雛鳥は一緒に舞ったので御座います)

 と答えて行純は帝の杯を受けた。

 大后、長姉の一宮から、正頼の子供達に琴の演奏をさせられた。大后は、

「あて宮はどうして来ないんだ」

 と言うと、皆さんが見ている前で几帳を開いて

「さあ、こっちへいらっしゃい、几帳の蔭だから大丈夫ですよ」

 と言われるので姉たちが付き添ってあて宮を大后の前に連れてくる。

「無理はありませんね。父君達に心配を掛けるのも。こんなに美しいからね」

 言って、大后は箏の琴二つを調子合わせて
「この殿にはこれ以上の物はありません、さ、演奏なさって」
 と言われてあて宮に琴を下さった。

「全く弾けませんのに」

「貴女が仰るようには聞いていませんよ。良く弾けるという評判ですよ」

 そういわれたので、あこ宮は高い調子で面白く演奏をした。

「今演奏なさったのは何方ですか。これほどの琴の手は聞いたことがないです」

 驚いて、帝、春宮は聞いていた。頭中将仲忠は
「誰であろう、私の演奏法だ。弾ける者は誰もいないと思うのだが」

 会場のみんなが驚きあきれていた。

 春宮は
「仲忠朝臣のような琴の名手が聞いても恥ずかしくない演奏だ」

 春宮が言うのを聞いて、父の正頼は涙を流して娘の琴の音を聞いていた。それを見ていた一同は

「あて宮が演奏しているのだ」
 と思った。

 大后は、
「大変珍しい音色です。只今の妙手ではありませんか」

 つねよりも今日の子の日のうれしきは
        ひく松の緒をきくにぞ有りける
(いつもの子の日よりも、今日の子の日が嬉しいのは、貴女の弾く音を聞くことが出来るからです)

 あて宮

 木がくれて風のしらべの松のねは
        今日もひかれぬ物にぞありける
(木の蔭で、風の調べる松の音は、今日のような晴れの日には、恥ずかしくて弾かれません)

 と、返歌をした。

 大后の宮は銀の櫛の箱六具、黄金の箱、壷の中に薬など色々珍しい物を入れて、珍しい綺麗な鬘(仮髻(すえ))、蔽髪(ひたい)つら櫛、釵子(さいし)、元結、入内して直ぐにいる物を賜った。




コメント

打敷(うちしき)
1 菓子などを器に盛るときに敷く白紙。
2 調度などの下に敷く布。
3 仏具などの敷物。


お前
 貴人の御前に仕える女房たち

仮髻・仮髪(すえ)
 奈良・平安時代、女の髪に添えて結んだそえがみ。

蔽髪(ひたい)
女官が正装の時に頭髪の前につけた、玉石類をちりばめた飾り。近世は金銅の円板に剣形を加えた。平額

釵子(さいし)
かんざし。
女房装束着用の時に用いた理髪用具。金属製の束髪ピンの類で、細長い両脚形に作ったもの。垂髪(すべらかし)の頂に、宝髻(ほうけい)・蔽髪(ひたい)に添えて挿す。宝髻には三本を用いる。
 

 春宮は大后の許に来られて色々と話をされて、大后は、

「このように時の経つのも知らない、年月の過ぎるのも忘れるような、あて宮の琴の調べが美しくて、あて宮の成長を驚くとともに私の命の残り少なさを思うと、自分ながら可哀想になりましたところへ、春宮がこうしてお出でになられたので、命が末長くなったように感じます」

「年の初めにお伺いしようと思いましたが、今日のこの賀を聞きまして、それならばその時にと考えまして、何方よりも今日のこの日を私がお待ちしていたか」

 春宮は正頼の北方大宮に会い
「久しくお目に掛かりませんね。いつぞや、大后の御殿に参りました折にお会いして以来だと思いますが」

「本当にお久しぶりで、消息文はいつも差し上げていますが、それは差し上げないよりも気がかりで御座います」

「どうか、こういう機会にそのことなど承りたいですね」

「何回承れば、思い定めることが出来ましょうかしら」

「会う人ごとには常に言うのは、あて宮のことですよ。こういう訳だと、打ち明けてくださいませんか」

「娘をと所望される折もありますが、適当な方がいませんので、何時も残念で落ち着かないので御座います」

「私をお見棄てなのですね。私が何も言わなくとも思い出して戴けるものと考えてましたが、そうではないようですので、恥をかいても構わない、所望いたします」 

「できの悪い娘達の中にも、女蔵人位のお仕えが出来る者がおりますれば、宮中に差し出そうと思っていましたが、高貴な方々が大勢お仕えしていると承っていますので、娘にとっては、鼠を鼬(いたち)の中に放り出すような、気持ちが致します」

 聞いて春宮は笑って、

「入内なされば、倉の中に守られた鼠のように感じられますでしょう。その様に心配はなさらないでください。泥中の蓮、という諺もあります。この機会にご承知を得たいものです。いい加減なこと言うとお考えですか」