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私の読む「宇津保物語」第六巻 吹上 上

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吹上 上


 紀伊國牟婁の郡に、神南備(かみなび)の種松(たねまつ)という長者、金持ちが、並びなき宝の王で、現在この地の役人掾(じょう)(地方官三等官)で、容姿が清らかで、気がつく人であった。

 種松の妻は、源の恒有(つねあり)という大納言の娘で、よい婿取りをしたというのに、程なく親や夫を亡くして、娘は生活に苦しんでいるのを種松は上手く言い寄って、甚だしい身分の違いをかまうことなく妻として、程なく娘が一人生まれ、美しく賢い娘に育った。

 その娘を女蔵人(にょくろうど)として宮中に勤めさせたが、その娘に帝の手がついて男の子供が生まれた。

 娘は出産すると身を隠した。娘も出産のことを帝に知らせなかったので、帝は我が子が生まれたことは知らなかった。 

 生まれた子供は「涼(りょう)」と呼ばれることになる。

 涼の祖父母が涼の育児をした。吹上の濱の近くに広い眺めのよいところを選んで、金銀瑠璃を散りばめた大きな御殿を造り、磨き上げて、八町四方に垣を三重に巡らして、三つの陣屋を垣毎に造って警備の侍を常駐させた。

 涼の住む邸宅の様子は、大殿と呼ぶ大きな建物が十、廊下があって、紫檀・蘇枋・黒柿・唐桃等の木を、家の素材である材木として使い、金銀・瑠璃・車渠(しゃこ・シャコ貝)瑪瑙(めのう)を屋根に葺いたり柱の装飾にして、美しい大殿の屋根の反りを見せている。
 
 大殿の周囲が陣屋で、その外が庭、東の陣屋の外は春の庭、南の陣の外は夏の木陰、西の陣の外には秋の林、北は松の林、表を巡って植えた草木も平凡なものではない。この世の世界から離れて仏の国にいるよう感じる。ただ、旃檀(せんだん)紫檀なく、孔雀、鸚鵡の鳥が遊んでいないだけである。

 種松は、所有する財宝が天下至る所にある。新羅・高麗・はては蓬莱山にまで有る。宝の王である。

 種松は思う、

「我が君は(涼のことを呼ぶ)我の娘が産んだ子供であるから、母親の身分が高ければ親王として、帝も知るところとなって、都で育てられる者である。私のような名も知れない娘に生まれたから、このように世に知られぬ者となってしまっている。

 その代わり、我が国で私一人が頑張って、国王の位に負けない暮らしをさせてあげよう」
 と、考えて、身体を賭して涼を大事に育てた。 

 春になると十二万町の水田に稲の種をまき苗を育てて田植えをして、

「これぐらいでは涼の一年分には不足する」
 と嘆いて、
「二三十万匹の綾、秘錦(ひごん)を作って納めても飾りには不足するだろう」 
 
 と、急いで準備する。

 涼に仕える人、女房三十人、男の下郎上下合わせて百余人ばかりに、涼の前には、高貴な方の御前のように、側につかえる女は、唐衣で、おすべらかし(垂れ髪)の正装、男は冠をして束帯の正装でないと、出てはならない。

 鮮やかで清らかな装束に替えて着せよう。涼には衣食は飽きるほどに充分にしてやりたい。種松のすることは、常にこのようであった。

 同じように人が作る田であっても、種松の田には、車の輪の大きさほどの太陽が七個出て一年中照らしても、稲を一本も枯らすことがないし、天の高さまで水が溢れても、穂が一本も流されない。

 山の頂であろうと、巌の上であろうと種松が落とした種は一つの穂に十二石もとれる。

 蚕を飼うと、種松の蚕には糸十二両を採らないものはない。

 そうして、色々な道の大家を京から連れてきて、書道の師・絵師・細工師・鍛冶師各場所に作業所を与えて世の中の調度類の総てを美しく清らかに作らせた。山を崩し、海を埋めても涼のために希望を叶えようとした。

 このように種松が大事にする子供、孫の涼は、この世に生まれてくるような子供ではなく、顔や姿から態度や心遣いまで匹敵する人がいないほどである。

 漢籍を読み音楽を練習するが、師に勝るようになる。「物の師」(宮中の雅楽寮にいる歌の師、舞の師、笛の師などを言う)や、手師絵師などを世に知れた者は総て呼び寄せて、師の才、習い憶える涼の才、世にも珍しい琴の名手であるが朝廷を恨んで山に籠もってしまった人を招いて、涼はその人の手をすっかり習得した。そうして時を経て、二十一才になる。妻はない、名門の娘を紹介するが、なにか心に決めたことでもあるのか、北方を貰わない。

 ある日、右近将監(ぞう)清原松方(きよはらまつかた)が近衛司の少将仲頼に陣で、

「私は面白味のある人に魅せられて、参内をしませんでした」

「何処にいる人ですか」

「紀伊の國守の神南備(かんなび)種松と申す人です。どれだけあるか見当が付かないほどの財宝を持っています。それと種松の孫の涼です。その種松から度々招待を受けたのですが、宮仕えが忙しいので、そちらに参れませんと断り続けていましたところ、種松が都に上ってきて、恨みますので、少しの間だけ、と行って参りましたが、実に素晴らしいところでした。

 種松の住むところは吹上の濱の辺でありました。涼の住む大殿、宮から東は海であります。その海岸に沿って色々な花の木があります。

 まず岸に沿って廿町大きな松に美しい藤の花が巻き付いています(一町に六十本として千二百本有る)
。その内側に樺桜(かばざくら)が同じように廿町並木になっています。その内側より紅梅がまた並んでいます。それに沿って躑躅(つつじ)などが北に向かって並び立って、春の色を最大に見せてくれます。

 秋の紅葉は西面に、大きな河に面して唐紅に波を染め、様々な色彩でそれぞれの場所に植えられている。北は冬の趣に松を、南は夏涼しい木陰を作る木が植えられていました。
  
 以上は、広大な庭の木立のたたずまいでしたが、家の中も言うことの無いほどの見事な飾りでした。
 涼の容貌や身に付いた才能などは、仲忠侍従とよく似ていました」

 仲頼は、

「それは興味をそそることでございましたね。仲忠侍従とよく似た人物が居るとはね。神南備(かんなび)蔵人の産んだ子供であると聞いたことがあります、その子供が涼でしたのですね。今の世の中に珍しい人物が現れたと、紀伊の守が院に奏上なさった君のことでしょう。どのようにして貴方の言われるようにお育ちになったのでしょう。忍びで二人で行ってみませんか。藤侍従仲忠はお暇ではないらしい。兵衛佐良峯行正を誘っていきましょう」

「これは楽しいことになりそうです、ご案内いたしましょう。しかし、近衛司のすけの君(少将仲頼)、仲忠侍従、良佐ぬし、三人の音楽に堪能であることを話しましたところ涼君は
『何時になったらお目にかかって、音楽を聴かせてもらえるのだろう』
 と、申されました。

 まあこうして皆さん御お出でになりましたら、彼の地がお気に召してお帰りには成りたくないでしょう。吹上の濱を見ますと無風流な私でさえ都に帰るのを忘れてしまうほどです。

 まして貴方方のように有名な風流人がご一緒に合奏していらっしゃるのだったら、故郷など忘れてしまうことでしょう。涼君は不思議とお目にかかる値打ちのある方です」

 仲頼

「これはこっそりと行かねば成るまい、侍従、どのようなの方法で偽って出かけようか」

 松方