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Desire

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3日目:銀色のナイフ



 ぼんやりと世界を眺めていた。
 白い机と揃いの白い椅子。椅子は彼の特等席となり、月がよく見える窓際に移動している。机の上にはいくつかの本があるだけで、うっすらと埃が被っている。
 ぱらぱらと隙間の目立つ白い本棚には、教科書と少しの絵本。リアの目はあまりよくない。レンズ越しに教科書を読むのは苦痛だった。それに比べ、絵本なら色とりどりの世界が賑やかに、まぶしく目に映った。この世界に行ってみたいと憧れたものだ。
 全身を映せる白い木枠の鏡はくすんでいる。もうずっと、自分の姿を見ていない。白い髪に赤い瞳。自分を形作る色が、リアは嫌いだった。
 少しだけ開いた、白い格子の窓からはなだらかなぬるい風。窓の端で無造作に寄せられた白いレースのカーテンが、風に合わせて揺れている。

 この部屋は白い。一切の汚れを許さないとでも言うように。リアが座っているパイプベッドだけが、その支柱から金属の鈍色を輝かせている。

「リア」
 名前を呼ばれ、顔を上げた。この世界で唯一リアの名前を呼ぶ存在。ひとりぼっちの世界に押しかけた、名前も知らない青年。彼の姿はいつもの特等席になく、目の前で膝をつき、リアを見上げているのだった。その瞳に怒りを宿して。

 ぽたり。

 冷たいなにかがリアの左手首に落ちてくる。一定の感覚で落ちるそれは手首を伝い、さらに下へ下へと落ちていく。リアの白い肌を滑る、赤いしずく。
「え……」
 手首の先の、白い床へ溜まっていくのは見飽きた生の証。彼は視線を逸らさずに、リアの右手から光るなにかを取り上げた。

 ああ、わたしは"それ"を知っている。
 白い世界を赤く染める、銀色のナイフ。

「なん、で……」
「君は切ろうとした。だから止めたんだ」
 息が、できなかった。彼の目も、彼の声も、全部が彼自身の手のように冷たかった。
 その彼の手はナイフの刃を握り、源泉として床へ赤い泉を作っていく。
「何故君は俺じゃなくて、自分に刃を向けるの? 憎むべきは自分じゃなくて、自分の領域に踏み込んだ"侵入者"だろう?」
「ちが……やめて、こんな……」
「なにも違わないよ。リア、このナイフは君を切るためにあるんじゃない。君はこのナイフで俺を、殺すんだ」
「……いやだ」
「君の腕の傷も、消してしまえたらいい。君に残った傷を全部、俺が代わりに受けられればいいのにと思うよ」
 あなたの言っていることだって、十分おかしいじゃないか。殺してくれだなんて、意味がわからない。人を殺して、犯罪者として生きていけとわたしに告げるのか。
 それならわたしだって死にたい。殺されたい。代わり映えしない世界に取り残されて、話し相手だっていない。わたしはひとりきりだ。この世界で、わたしがわたしであり続けるにはどうしたらいい?
「わたしは……証拠が、欲しい。ここに生きているか、生きていていいのか、しりたい、から」
 その銀色のナイフはいつから持っていただろうか。気づけばリアはそのナイフを握り、自らの左手に突きつけているのだった。そこから溢れる赤いしずくが、リアがここに生きていると教えてくれた。
 ずきりと、こめかみが痛む。なにかの警告のように鈍い痛みを伝えてくる。
「なら、はやく俺を殺してよ。血を見ることで君が許されるのなら、リア、そのナイフで俺を刺せばいい。俺はリアに殺されに来たんだ。俺が死んで、リアは生きている。簡単だよ」
「……いやだ」
「嫌でもやらなきゃいけない。俺がリアに殺されることで、やっとリアは前に進めるんだ」
 彼の話はわからないことが多い。聞けば答えてくれる。けれど、核心には迫れない。
 ただ切なげな瞳に見つめられて、苦しくなる。責められているようで、悲しくなる。リアの思い込みかもしれない。だけど、その思いは消えない。
「リア」
「……いやだ」
 彼がわたしの名前を呼ぶ。わたしは、拒絶する。
「リア、傷の手当をしよう」
 嘘。わたしに傷はひとつだってついていない。わたしの代わりにあなたが全部背負ったじゃないか。
 間接的に、わたしは彼に刃を向けたのだ。彼の言う通り、いつかは彼を殺してしまうのかもしれない。
 そんなのは、いやだ。
「やさしく、しないで」
 彼の冷たい手が、リアの手首にこびりついた赤い血を拭き取っていく。自分の方が怪我をしているくせに。
「泣いている女の子に殺してくれとせがむんだ。優しくなんて、ないよ」
「泣いてなんて、ない」
 自分でもなにを言っているのかわからない。侵入者と人質。加害者と被害者。共通点なんてひとつもない。
 それでも、彼が死んでしまうのは、いなくなってしまうのは、かなしい。


作品名:Desire 作家名:桜木