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電車

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構内に入り、迷うことなく乗車券の自動券売機の前に来たけれど、はて、キミの家へ行く駅はどれだ?

「水族館のチケットの代わりにはならないけど…… で、何処?」
キミは、ボクの視野から外れない処で澄まして立っている。隣の券売機には、入れ替わって三人目の客が買いはじめた。少々焦るボク。本日、カッコつけていられないな。
「ジンベちゃん寝ちゃったしねぇ、どうしようねぇ?」
キミの左の人差し指が 金額のボタンに触れた。発券された紙片がピッと飛び出し、そしてジャラランと小銭が受け口に落ちてきた。(意地悪で 優しいキミ… 可愛いけどさ)
「あ、ありがとう」
ボクは、急いでもう一枚発券すると、二枚の乗車券を取り自動券売機を離れた。
改札口に向かいながら、「はい」一枚をキミに手渡した。
キミの後に続いて改札口を通り抜け ホームへと上がった。

水族館の閉館時刻から随分過ぎた所為で ホームにいるのは僅かだった。それに平日ということもあって来館客も少なかったのだろう。
五分ほどして、ホームに入ってきた電車には まばらに仕事帰りの人たちが座っていた。
空いているところを見つけて、キミに勧める視線を送る。キミは首を横に振り、ドア近くの手すり脇に進んだ。ボクもそのスペースに行くと、キミはボクと入れ替わり、手すりを背にするのはボク。キミはその前に立った。

コーナーに押し込めるよりも 不安定なキミがよろけて頼ってくれたら嬉しいな。それに座席に座って俯き眠ったふりしているおじさんにキミのおしりを触れられたくはない。
その証拠に やや体を斜にして おじさんの背中が少しこちらに向いた。ボクは、したり顔をしているに違いない。
発車してホームを離れると 外の暗さにボクとキミがガラスに映り込んだ。
ちょっと離れぎみじゃない? ま、いっか。そのうち電車も揺れるだろう。
「にゃ?」小さな声だ。
見上げるキミの目元が 細く微笑んだ。このままキスをしたくなるじゃないか。
まったくキミのTPO(ティピィオゥ)なしの笑顔は危険だ。ボクは、意思を堅くさせる。

Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合)の頭文字をとってTPOかぁ。
ふと、そんな言葉が思考に絡みつき 離れなかった。
「時と場所、場合に応じた使い分け」を意味する「V」ブランドの創始者発案の和製英語らしいが言葉を仕事とするボクには凄く魅力ある言葉に感じている。

作品名:電車 作家名:甜茶