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零-zero-

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零―zero―

5・4・3・2・1………

ゼロ、

『もう、おしまいかい?』

「やめろ……っ」
男はうめくようにそういった。
いつも、そうだ。いつも、頭の中で、その声が聞こえる。
聴きようによっては「男」にも「女」の様にも聴こえる、声。
それは何時の頃からか男の頭の中で聴こえてくる様になった。それは決まって男が実行した「事情」の後に、だ。
「その言葉を、やめろっ!」
そう叫んで男は自分で自分の両耳を塞いだ。しかし鼓膜の中でその声が響く。
「やめてくれっ!!!」
その声は構わず囁き続ける。そして、その囁きや言葉は確実に男を狂わせていく。

星が見えないほどの夜空に鈍い銃声が木霊(こだま)した。
そして、重い荷物を落としたような物音がそれの後に続く。
辺りには風に漂って鼻につく錆びた匂いがした。
それは男にとっては何の感慨も感じない日常の出来事のひとつだった。
その男が立つ、冷たいアスファルトに横たわっているのは先程まで生きていた『人間』だった。
呼吸も体の暖かさも失われた、ただの屍体としかいえないものだった。その下には赤い血が流れているはずだ。けれど男にはそれは見えなかった。
風に流されてくる独特の錆びた匂いが、それだとかろうじてわかるだけだ。
男はその薄い唇に笑みを浮かべ、その横たわる屍体からゆっくりと離れた。
右手にまだ握っていた短銃をジャケットの内ポケットに戻す。ポケット越しにもまだそれは熱い。
男は笑った。その感触が男には堪らなかった。
ただの引き金を引く道具は多くの血を流してきていた。その度にその『熱さ』を男に伝えてくるのだ。
人を殺害するたびに男は、その感じたことのない『快感』を、そしてその狂気を孕んだ『熱さ』をいつも欲するようになっていった。

――いつの頃からか、男は道を踏み違えていた。

そして、ただ『人』を欲求のままに殺したいとずっと思っていた。人が与える『恐怖』をもっと見たいと思っていた。
その『感情』を何というのか男は知らない。
けれど、小さな頃から男の心を支配していた。
それは男にとっての『快楽』のようなものだ。
彼の心の中には『良心』なんて、とっくの昔にありはしない。
そして30代になった現在(いま)、男は暴力団に身を寄せ要請があれば邪魔な人間を殺していった。
――男の外見は何処にでもいる平凡なサラリーマンといっても過言ではなかったが、
その反対に残忍な性格をしていて人間を容赦なく殺す……そのギャップに組員の間で
男は『畏怖』の対象になっていた。
誰も男に逆らうことなどなかった。1度逆らえば確実に「永遠の眠り」に強引に連れて行かれてしまう。
男にはある癖があった。
相手に拳銃を突きつけ引き金に指をかけ、そして相手に向かってゆっくりとカウント・ダウンを口ずさむ。恐怖と哀願に震える、その姿に。
『もう、おしまいかい?』
つねに最後には男はつぶやきながら殺るのだ。
その姿は『死神』の様で、そして誰の目にもそう映っていた。

「なぜだっ!」
蒼白になって男は叫んだ。
「なぜなんだ……っ?!なんでこんな声が聞こえてくるんだっ」
あの声はまだ聞こえてくる。遠く近くで。視線を辺りに向けても誰かの気配は、ない。自分の中にだけ聴こえてくる『声』。
緊張感からかぞくぞくと背中を悪寒が走り、つっ・・・と額に汗が流れ落ちる。
それは、とても嫌な感触だった。感じたことのないものだった。
今まで何度も死線を修羅場を越えてきたが、これほど嫌な感触を感じたことがない。
いったい、なぜこんなことになってしまったのか―――――いくら考えてみても男には分からなかった。
『もう、おしまいかい?』
その声はまだ男の鼓膜に響いている。
人を殺す度につぶやく自分の言葉に男は追い詰められていく。
「!?」
ぬるり。生々しい、爬虫類のそれに似たその感触にとっさに男は視線を向けた。
自分の足元に黒い霧状のものが纏わりついていた。それは男の目から見ると得体の知れないものの様に映った。
「なっ……っ」
後ずさりする。しかし、それは意思を持っているかのように足元に纏わりつきながら
その上へと登ってきているようだった。
「ヒ……ッ」
蒼白になりながら男は必死になって足を振り回した。だがそれは離れそうもなく益々、
上に登ってくる。
そして、いつの間にかその霧状のものは蛇の様に男のふくらはぎに巻きついていた。
「なんなんだっ、なんなんだっ」
男はわけも分からず悲鳴をあげた。
『もう、おしまいかい?』
まだ男の体の中で語りかけてくる声に恐れおののいた男の姿は、普段の男を知る者がいれば別人に見えるほど弱々しく変貌していた。
「やっ、やめてくれっっ……あぁっ!!」
纏わりつくその霧を足から退かそうとして、そのまま男は後ろへ引っくり返ってしまった

腰をしたたか打ったが、男はもうそれどころではなかった。慌てて、視線を霧へと向ける。
すると。
「ヒイッ」
霧はすでに男の腰の辺りまで迫ってきていた。
「やめろっ、やめてくれっ」
がむしゃらに腕を振り回し悲鳴を上げながら男は、それから半狂乱になってそれから逃れようとした。頭の片隅で、カウントを数える声がする。

――――――そして。

「うぅ……わあぁぁぁぁっ!!」

男の最後の断末魔が暗い路地裏に響き渡っていった。

――ゼロ。

「これで、満足か?」
シュボッ。微かなライターの音が聞こえた後、暗闇に仄かな灯りが生まれ、すぐ消えた。
路地裏からそんなに遠くない場所に1人の少年と1人の女が立っていた。
少年は上から下まで全身、黒尽くめで、今にも闇と同化するようにも見える。
そして、そばにいる女は生気のない表情をして所在なさげに佇んでいた。2人がいつからそこにいるのか分からないが、もうすでにそこにいたようだ。
「はい。」
女は視線を落とす。
「私の願いは今、叶いました。これで、もう思い残すことはありません。」
まるでこの事をずっと待ち望んでいたかのような口調で、女はそういった。
少年は火のついた煙草を咥えてそれを黙って聞いていたが、ふと何を思ったのか。
「アレは」
少年は煙草を指に持ち換えると、そのまま路地裏に向けた。少年の背後で煙草の火が軌跡を描く。
「これからあんたが向かう世界にいるだろう。」
すぅ、と少年の瞳が三日月の様に細くなる。
「……後は好きにすればいい。あんたが望むように。」
その言葉に視線を向けて、女はうっすらと微笑すると少年に頭を下げた。
「ありがとうございました。」

―――数日後。
新聞の片隅に小さい記事が載った。
暴力団の最高幹部が路地裏で死んでいた、と。
直接の死因は『窒息死』だという。
作品名:零-zero- 作家名:ぐるり