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悠里17歳

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「何が?」 
 心配そうに私の顔を見るお兄ちゃん。私の微妙な気持ちの変化が分かるようだ。 
「ううん、何でもない」
 兄の顔を真っ直ぐ見ることができずに背中を向けた。その反対側には姉がいる。
 もう一度周囲を見た。あの時にはいたのにここにはいない人がいる――。
 私の誕生日をこんなに祝ってくれているのに、今まで長い間、それこそ10年前の今日以来こんなに嬉しい誕生日はない。贅沢なのはわかっている、だけど、やっぱり足らないものがある。   
「お母さんがいない――、ここに……」
 嬉しいのか悔しいのかわからない。だけど目から自然に込み上げてくる。私は自分の環境について何度自分という人間の運命を恨んだろうか  
「悠里……、おいで」
「お姉ちゃん」
 目の前にはお姉ちゃんがいる。そう言って姉は私の眼鏡を取って顔を脇に押し付けた。あの時は子供だったけど、今はもう大人になりかけた年頃だし、自分よりも若いステファンたちや聖郷だっている。人前でカッコ悪いところは見せられない、
「いいよ、よく我慢したよ。ここまで――」
 背中をポンと軽く叩かれると、今は我慢しなくていいと思った。それでも声は殺し続けたが、目から出てくる感情は止めようがない。
 この時私の英語モードは完全に停止した。周囲から耳に入ってくる言葉は聞いてもわからなくなっていた。視界もない、お姉ちゃんの胸の中だ。ただ私の耳に入ったのは、お婆ちゃんが「スティーヴン!」と声を張り上げてお父さんを呼びつけている声が聞こえた。

「悠里――」
 お父さんの声がこちらに近づいて来る。まだ感情は高ぶっているが、このまま間を延ばすのは自分の道に反する。私は小さく返事をして後ろを向いた。
「お父さん……」
「悠里にこれを、あげよう」
「これは……?」
 揃えた掌の上に茶色い鍔が乗せられた。丈夫な革でできていて、桜の花弁と漢字で「守破離」の文字があしらわれている。私のレベルでは付けるのにはまだまだ早い代物だ。
「私が五段を取った記念に作った鍔なんだ」
「いいの?そんな大事なもの」
「当然だろう。悠里にはもっと強くなって欲しい」
「お父さん――」
 私は鍔を握りしめた。革の手触りに重みを感じる。
「素晴らしいメンだったよ、一本目であれを出されたら私が負けていた。だけど勝負は最後まで諦めてはいかん」
 悪い言い方だけど10年の間親らしい事をほとんどしてくれなかったお父さん。恨んではいないけど満足していると言えば嘘になる。どうにもならない境遇は受け入れる以外に方法はなく、その中でも何かがあるのだと自分に言い聞かせ続けてきた。
 そして今、父から初めて剣道の指導をしてもらった。口下手でシャイなお父さんだけど、そう長くない言葉は私の長く暗かったあの時に止まったままで動かそうと何度も頑張ったけど動かなかった自分の時計がお父さんの短い言葉で動き出したのが感じられた。
「それと……、約束――」
「何だったっけ?」
「悠里が負けたら、私の条件を飲むと言ったな」
「うん、言ったよ」
男だけでなく女にだって二言はない。正々堂々と勝負して負けたのだから当然のことだ。心の準備は全くできていないけど私は父の言葉をじっと待った。
「昌代……、お母さんに伝えて欲しい」 
「お母さん?」
 私に条件をつけると思っていたのに拍子抜けした、それもこの場にいない唯一の身内の名前が出るとは。
 離婚後両親はコンタクトを取ってるのかは私にはわからない。でも、お姉ちゃんから間接的に母がどんな状況なのかは知っているはずだ。なぜ私に言うのかあれこれ考えたが答えはなかった。
「いいよ、何を伝えたらいい?」
 お父さんは私の目を見るとクスッと微笑んだ
「もし私のことを聞いて来たら『特にない』って答えて欲しい」
「いいの?そんなんで」
 目を丸くして聞き直したけど失言でも皮肉でもなさそうだ。
「ああ――」いつもの照れ笑いを浮かべて私から視線を逸らした。
「それが、約束?」
 お父さんはハイともイイエとも言わなかった「ずるいよ、それは」と顔を作る前に正面から両肩を掴まれてそれもできなかった。
「それができたら、もう一度勝負をしよう。今度は日本で」
「えっ?」
「それが約束だ、いいね?」
「お父さん……」
 気付けば私は父に抱きついていた。
 
 ねじまき式の時計はネジを巻けば動き出す。しかし、時計が壊れていればどれだけネジを巻いても動かない。お父さんが私の時計にネジを巻いたように私は止まったままのお父さんの時計のネジを巻いた、すると時計は動き出した。壊れてもなく動き出した。自分じゃなくても大切な人に動かしてもらうことって、あるんだ。それを確信できただけで嬉しいやら悲しいやらの感情は飛び越えて、私は顔をクシャクシャにして父の中に聞こえる時計の音を聞いた――。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔