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悠里17歳

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 お兄ちゃんのギターが止まると二人の拍手が聞こえた。最初は緊張したけど歌ううちに自分も入って行き、言葉に出来ない心地の良さを感じた。
「へぇ、上手じゃん」
「ありがとうございます」
「『神戸のカーペンターズ』ってのはあながち嘘でもないみたいやな」
「悠里ちゃんのギターが聞けないのが残念だ」
「倉泉の妹だけに、きっちり仕込まれてるんだろうな」
 私がS'H'Yという名前のバンドを組んで細々と活動している事は二人とも知っているが実際に歌を披露するのはこれが初めてだった。そもそもプロ相手に恐れ多い。お世辞でない第一印象を聞いて顔が自然ににやけ、眼鏡の縁をポリポリ掻いた。
「悠里はギター兼ボーカルやったよな?」
 そんな中一人だけ違う意見を言う者がいた。お兄ちゃんだ。
「うん」
「歌は歌えとうけど、それじゃあ参考までやな」 
 二人は褒めてくれたけどお兄ちゃんだけは求めるレベルが高いのかけっこうシビアだ。確かにギターを弾きながらじゃ上手く歌えないことは否定しない。ただギターを弾きながら歌っている私を長く聞いていないのにそれがわかる耳ってのは身内ながら恐れ入ったというところだ。
「悠里ちゃんは何をしにここまで?」
 同郷の輝さんが質問をした。地球の裏側でこうして会うのは感慨深げな表情だ。
「えーと……」
「武者修行です」
 私が口を開けようとしたその瞬間を見切ったようにお兄ちゃんが割って入った。確かに間違いでもないけど、ツッコミ入れる前に横の二人はクスクス笑っているので本当の事を言うタイミングも逃した。
「こう見えても妹はサムライなんよ」
「サムライ?」
「実家が剣道場やねん」
「アメリカで剣道か?」
 日本人の輝さんはお約束のリアクション、こっちにも道場がいくつかある事は知らなかったみたい。
「そうでもないぞ、俺の父親も剣道には関心がある。日本のソルジャーも盛んにやってるんだろ?」
 軍人の家族であるジェフリーはベースを竹刀に見立てて構えて見せた。お願いだから私に降り下ろさないでよ。
「武道家の家に生まれてこの孫か。よかったな倉泉、剣道する妹がおって」
「それどういう意味やねん」
「声に出した方がエエか?」
 お兄ちゃんは返事をしなかった。以前輝さんから教えてもらったのだけど、私が剣道部員である話をしたら、高校の格技の授業でお兄ちゃんは見事なヘナチョコっぷりを披露した話を思い出した。私自身も出来ると言えるまで達していないが、お兄ちゃんはさらに輪をかけて武道のセンスがないのはこの場の中では共通認識である。
「でもね、私はお父さんが剣道してるのは見たことがないんです、だからお兄ちゃんがセンスないのは……」
「おいおい、誰もそんな事言うてないで……」
「あはは、ごめーん」
 お兄ちゃんが振り上げた拳を見て両手で頭を押さえると、輝さんとジェフリーだけでなくお兄ちゃんも笑っていた。
「そうだ、お兄ちゃんはお父さんが剣道してるの見たことあるの?」
 昨日タコス屋でステファンたちが言ってたことを思い出した。アメリカ生まれの兄だから、こっちに住んでいた頃の、つまり私が知らない頃の父を知っている筈だ。
「さぁ、どうやったっけ……」お兄ちゃんは眼鏡の眉間に指を当てた、考える時のいつもの仕草だ
「こっちの道場で稽古してるのは見たことがある。当時俺は小さかったし、ホンマにその程度かなぁ……。姉ちゃんの方が詳しいんちゃうかな?ここでしこたま稽古させられてたっけ」
「じゃあ何で日本ではせえへんかったんやろ?」
「うーん……、わからないなぁ。年やからとちゃうの?だって父さん日本に来た時40回ってたしなぁ」
 お兄ちゃんは剣道に詳しくないので最もな意見かも知れないが、剣道はスポーツではなく武道だ。野球やバスケよりも茶道や書道に近い。年数を重ねて年齢に応じた稽古をするので、一生続けることができるうえ、日本で稽古ができるのは光栄なことだと思うのは私だけではない筈だ。40で辞めるとことはあるけれど言い切る事は出来ないと思う。
「剣道ってそんなんじゃないんやけどなぁ」
 私はやっぱり腑に落ちなかった。
「俺、武道のセンスないからその辺よう分からんわ」
「もしかして根に持っとう?」
「持ってねえよ」笑いながらだけどおでこを軽くグーパンチされた。やっぱり気にしてるやんか――。

 五つ年上のお兄ちゃん、私よりもお父さんと接して長いけど、知っている側面は私とそこまで変わらないような気がした。倉泉家の三きょうだいで親と接した時間が一番長いお姉ちゃんなら知っているだろう、私はそう思った。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔