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悠里17歳

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 私の眼前に往来する人の大きさと人種の多用さと聞こえてくる言葉の種類はすざましい。視覚と聴覚だけでなく、日本にはない匂いも感じる。私はこのなんとも言えないごちゃ混ぜな雰囲気に圧倒され、不安が自信に襲い掛かる。日本で私はたまに日本人扱いされない時があるが、この国ではいろんな種類の人がいて、それに加えてみんなサイズが大きいので私なんか全然目立たない。
 日本から持ち込んで来た荷物をカートに乗せて押しながら、あらかじめ聞いていた出口の番号を空港の職員に教えてもらいゲートを目指した。徐々にではあるが耳も舌も段々と慣れてきて、私の英語が理解されている実感が出てきたと同時に自信が不安に反撃を始めた。
 出口の通路、到着を待っている家族、友人、旅行会社の人、それぞれが通り過ぎる人の顔を確かめている。そのどれもが目的の人物を発見すると急に電灯がついたようにパッと表情が明るくなる。待つ人も来る人も、その顔で旅の疲れが癒される――この風景が好きだ。
 私も待っている人を探した。日本人は少ないからすぐ見つかるだろうと思っていたら大間違いだった。確かにアジア系は少ないが、どの人も身体が一回り小さいので、大柄な白人と黒人の姿ばかりが目立つ。それだけに私はさらに不安になってきた。
 そんな沈みかけたところに、人混みの中でひょろっと銀色のバルーンが浮かび上がった。子供が風船を飛ばしてしまったのかと考えながらただそれを見ていると、その足に何か書いてあり、見慣れた文字に自然に目が止まった。 
「えっ?あーっ!」
 私は思わず声を出して風船を指差した。

   ようこそ ゆーりねーね!

 ここアメリカでこれを見てホッとするのはごく少数の人間だけだ。なぜならひらがなで書かれているから、日本語を理解できる人にしか読めないのだ。こういった場合は縦書きの日本語が分かり易い。私はアドバルーンのようにロビーに浮かぶ風船に向けて、カートをめいいっぱい押した。
「きーちゃん!」
「ゆーりねーね!」
 私は駆け寄って来た、黒髪の日本人の小さな男の子を抱き締めて、すぐに抱き上げた。
 私を風船で迎えてくれたのは西守聖郷(にしもり きよさと)、3歳になる私の甥っ子だ。つまり、私はこの年にしてもう「おばさん」ということになる。
「きーちゃん、元気してた?」
「ねーね、大好(ちゅ)き」
聖郷の唇が私の右頬に到着を歓迎してくれた。私も彼の柔らかい頬にお返しをすると、両手をバタバタ振って喜んだ。
「悠里、長旅お疲れさん!」
「お姉ちゃん」
 聖郷の後ろからヨタヨタと歩み寄ってきたのは西守朱音(あかね)、11歳年の離れた私の実のお姉ちゃんだ。
「悠里ちゃん、よく来たね」
「篤信兄ちゃん」
 お姉ちゃんの横には旦那さんである篤信(あつのぶ)兄ちゃんもいる。私は篤信兄ちゃんに抱きついたあと、お姉ちゃんの大きなお腹に耳を当てた。すると叔母の声が聞こえたのか、お姉ちゃんのお腹は内側から元気よく動くのが感じられた。
お姉ちゃんのお腹には今、新しい命がある。
「この子も悠里を出迎えてるみたいよ」
「あはは、こんにちは」
私はお姉ちゃんのお腹に耳を当てたまま手でお腹を擦ると、またまた元気な挨拶が帰ってきた。
 
 義兄に当たる篤信兄ちゃんは、誕生日と干支がが私と同じなのでピッタリ一回り年上だ。去年まで日本の病院で医師として働いていたが、昨秋に思うところがあって病理の研究をするためアメリカの大学に行くことになりここに移り住んだ。そして私が剣道を始めたのは、高校の大先輩でもある篤信兄ちゃんが道場で稽古しているのに憧れたのがきっかけだ。生まれる前から私の事を知っている義兄はもう一人のお兄ちゃんみたいな存在で、お姉ちゃんだけでなく私にも本当の妹のように優しくしてくれる。
 二人は幼馴染みで、物心ついた頃から一緒だった。西守家の実家は西守医院という診療所で私の家の近くにあって、外縁ではあるが親戚筋なので家族ぐるみでの付き合いが今もある。これまでお姉ちゃんが小さい頃アメリカに住んでいた時、篤信兄ちゃんが東京の大学に行っていた間二人は離れていたが、その遠距離を乗り越えてゴールインした。
 まるでこうなることを運命付けられていたかのように二人はお似合いのカップルだと思う。私もこんな恋愛ならしてみたい、そんな幼馴染みもいないのだけど。  

 私は三人に歓迎され、長旅の疲れも一人の不安も吹き飛んだ。外へ続くゲートの向こうには私のルーツがある。
「さぁ、行こうか。疲れたろう、悠里ちゃん?」
「大丈夫。お兄ちゃんに言われてさっきまでずっと寝てたから」
「そうだ、陽人は?」
「乗り継ぎでシアトルに行っちゃったよ。来週寄れたら寄るってさ」
「なかなか頑張ってるみたいだね、陽人君も。こっちのテレビや雑誌に出てたよ、小さくだけど」
 篤信兄ちゃんは私に代わってカートに手を掛けた。手が空いた私は聖郷の手を引いて篤信兄ちゃんの後を付いて行くことにした――。

 ゲートの先にはアメリカの日常がある。どんな世界なのだろう、自分のDNAに共鳴する部分はあるのだろうか?期待と不安がおしくらまんじゅうする胸の内を感じながら外を見た。神戸より緯度が高く、まだ三月だというのにここの空気は私の故郷より暖かく感じた――。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔