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悠里17歳

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 ひっきりなしに往来する人の流れを見ながら時間は過ぎてゆく。私はボーッとしながらこれからの事を考えていた。
 完全に勢いで東京行きを決めたわけだけど、本当に大丈夫なのだろうか?お兄ちゃんは笑って私たちを受け入れてくれるけれど、耳は容赦ないのでコテンパンにダメ出しされるかもしれない。でも三人で決めたことだ、これからの航海に後悔はない。
「手ぶらでもエエんかな?」
 心配そうに質問をしたのは晴乃だ。
「ああ、気にせんとって。かしこまられる方が逆に困るやろうから、うちのお兄ちゃんは」
 そういう気配りが出来るところが晴乃らしい。
「お兄ちゃんって普段はどんな人なん?」
晴乃は兄が高校生の頃組んでいたバンド「ギミック」に影響を受けた者の一人だ。もちろん現在のユニットであるNAUGHTの姿勢も大好きだと言っている。そして晴乃はある種の憧れの存在である兄に会ったことがない。それだけに少し緊張しているようだ。
「構えるほどとんがった人じゃなくて、あたしには優しいお兄ちゃんよ」 
 そう言って私はお兄ちゃんの考え方を簡単に紹介した。

   「現状なんてそう変えられるものなんかじゃない。もどかしく、
    イラつきもするし、そして宙ぶらりん。だからといって気にするな。
    どうにでもなる、現状は現状だ」

 これは自らがクォーターでありどっち付かずであること、それでいて変えようがないことで、それに加えて育った環境が思い通りにならなかったこと、だけどそんな時にしか見えないモノってある。そしてそれは大切なものであって、それを見つけられるかどうかが分かれ目なのだ――。
 私だけでなく少なくともここにいる三人はその考えに影響を受けたことは間違いない。だからこそこうして集まって一つの音を作っている。
 何が見つけられるか、または何が見つかったかはわからない。だけど私たちは与えられた状況下で自分なりの何かを見付ける努力は怠らないようにしている。それが結局わからなかったとしても。
 
「悠里ぃ、グレッグと最後に会ったのはいつ?」
 サラのいうグレッグとは兄のことだ。私の知る限りでは二人の会話は英語の方が多い。もともと上下関係にこだわりのないお兄ちゃんは名前で呼び合うことに違和感がないようだ。
「前にも言ったやん、先月アメリカで会ったって」
「そやったね、そういや帰ってたんや」
「『帰る』って感覚はあたしには全くなかってんけど」
待合室の椅子に座って小気味良く右足をタップするしぐさを見せる。サラだけが楽器を持っていないので身軽だ。
 言葉に出てるようにサラ自身は「日本にいるアメリカ人」という自負がある。半分は日本人であるけれど家では英語だし、生きてきた時間はアメリカにいた時の方が長い。彼女曰く「どっちも半々なのに日本では外国人扱いされる、だけどあっちでは大多数の一人で扱われる」ようで、日本(ここ)の生活よりは気楽だという。だから「(いつかは)帰る」という言葉が出るのだろう。彼女が外国人であるがために友達付き合いも「フィルター付き」であるような説明をすることがある。私の知るサラの周囲にいる友達は、彼女が望むような対等な関係でなく、やっぱり「フィルター付き」のような感じがする。外国人であるがためにどこかよそよそしく接しているのだ。私にも通じるところがあるのでその気持ちはよくわかるし、サラにそういった場面が多いことは彼女のそばで目の当たりにしてきた。
「サラはどのくらいのペースであっちに行ってる?」
「あたしは、二年に一回くらいかな。悠里は10年振りやったんでしょ」
「うん、ほとんど初めてってカンジやった」
 誰に対しても同じような事を言っているけど、それが正直な気持ちだ。私はたまたま二重国籍なだけで、アメリカというところは私の故郷ではないという気持ちは帰国した今も変わっていない。
「アメリカには何をしに行ったん?」
今度は立て掛けたハードケースに両手を置いて立っている晴乃が質問をしてきた。
「うん、お婆ちゃんの体調が良くなくてお母さんが会っておいでって」
「お婆ちゃんってアメリカ人の?」
「そう、アイルランド系のね。年も年やし今回が最後かもしれないからって」
「ふうん、不思議な感じやねえ」
「そう、あたし的には全く違う人種やけど血は繋がってるんよ」
100年以上続く老舗の酒造会社のお嬢様である晴乃には帰省といってもピンとこない。晴乃の家は代々神戸に住んでいて、三世代同居である。彼女の家に遊びに行くと和服姿しか見たことがない「日本のお婆ちゃん」がいつも玄関で正座して快く迎えてくれる。うちとサラの家とは大違いだ。
「そのほか現地の親戚に挨拶回り」
「じゃあお父さんにも会ってきたん?」
「本当に久し振りにね」私は首を縦に振った。
「悠里のお父さんってアメリカで何しとう?」
「お父さんは貿易商なの、日米間でやり取りする――」
「それで日本に縁があったんやね」
私は頷いた。母は当時国際線のCAだったことは二人とも知っている。
「お父さんはハーフの日系二世やから、見た感じは日本人風よ。でも、あまり家にいなかったから印象が薄いねん。あたしが知っとうお父さんってホンマにそれくらい」
「で、行ってみて何か得られた?」
「うん――」私は下を向いて答えた。「つまるところ答えって出てないねん、むしろ宿題を残したくらいよ」
「ごめん、嫌なこと聞いた?」
「ううん」私は首を横に振った「でも、行って良かったよ。自分って何者で、これから何者になるべきなのか、それを考えるにはいい機会やった。今の段階で答えがないということがわかった。それは大きな進歩だ」 
 偉そうな解釈ではないが、私は胸を張って両手を腰に当ててあたかも何かを悟ったように言って見せた。
「確かに、帰ってからの悠里は少し変わった」
そう言ってサラは私を指差した。
「そうやね、言われてみれば。どこかって聞かれても答えられへんねんけど――」
サラに続いて晴乃も答えた。それが建前のフォローでないことがわかる。私は意外な反応に少し照れ臭くなり眼鏡の縁を掻き出した。
「ありがと、二人とも――」
 二人と比べて複雑な家庭で育った自分。どうにもならないことであるのはわかっているけど二人に対して負い目がないと言えば嘘になる。でも仲間はそんな私のすべてを受け容れて対等に接してくれる。それだけで十分私は救われている。

「東京行きのお客様、出発の準備が整いましたので、チケットをお持ちの上――」
 場内のアナウンスが流れた。

「続きを聞かせてよ。アメリカでのこと」
「あたしも聞きたい。悠里だけでなくあたしにもカブるところありそうやし」
「そやねぇ」私は自分の顎をつつきながら上を向いた「じゃあバスの中で周りの邪魔にならんくらいに……」
 私と晴乃は楽器を運転士に託し、バスに乗り込んだ。幸い座席は最後尾を三人で固める形となり、これなら他の乗客にあまり迷惑をかけずに話ができそうだ――。

作品名:悠里17歳 作家名:八馬八朔