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奇譚回路

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 なんでも皿に苺を盛り、水牛の乳を脂肪分と分離させ砂糖を入れて撹拌したもので作った「くりいむ」という甘い餡を乗せて食べる料理とのこと。言わないだけだがハガクレは甘党で、実は前からその「すとろべりい盛り」には興味津々だった。
 それをどうしたいのか。「物々交換の世」と言えばわかるだろう。新良は品書きに走った金額を見て、苦々しい面持ちを浮かべながら己の財布と睨めっこをした。ほんの数秒の葛藤の後、覚悟を決めたのだろう彼は店内へ赴く。
「ほらよ!」
 暫くして店内から出てきた新良は苺の盛られた皿を手にしていた。それをドンと卓の上に乗せ、彼も勢い良く椅子に座る。
 ハガクレはそんな不服気な新良には目もくれず目の前の「すとろべりい盛り」に目を輝かせた。
「ほら、奢ってやるから早く話せよ」
 お前の持つ奇譚を。
 だが、ハガクレは聞こえていないのか満面の笑みを浮かべ苺を口にする。途端口内に広がる甘酸っぱい果実の味と、「くりいむ」という餡の甘味。「美味しい!」と彼は歓喜の声を上げた。
 さてもう一つ、と二つ目の苺に箸を伸ばす。だが大粒の赤い実は掴まれるより先に彼の手元から遠退いた。目を丸くして顔を上げたハガクレの視線は、酷く不機嫌な面持ちを浮かべて皿を取り上げた新良を捉える。
「返してよ」
「交換条件だろ」
 物売りの男はまるで子供のように口を尖らせて鬼を批難した。まあ、確かに新良が言ったことはこの界隈では正しい。ハガクレも渋々と箸を置き、改めて彼へと向く。
「じゃあ、どれにしようか。一つ、人の念を腹に貯め続けたウワバミの話。一つ、好意を踏み躙り女の影に飲み込まれた男の話。一つ、対価を払う賭け神の話」
 ハガクレにとっては珍しい話でも無いが新良ならば喜びそうな話を三つ挙げ、その中から一つを選べと鬼は言う。どれも捨てがたく、うんと唸り悩んだ新良は「三つ目を」と答えた。
「賭け神ね」
「ああ、待て。矢張り二つ目の…いや、でも一つ目も捨てがたい」
「面倒臭いな。もう、三つ目でいいでしょう」
 悩む新良を尻目にハガクレは賭け神について語りはじめた。
 
 
 
 
 現し世のある神社。その奥にある人一人通れるかどうかという狭さの入り口を空けた洞窟に、賭け神と呼ばれる八百万神の一人がいる。正確に言えば神というよりは妖怪に近い者だったが、異形の力とあれば人間には人も妖怪も大差無いのだろう。兎に角、神と崇められたそれは悠久の時を洞窟の中で過ごしていた。
 ある日、そこに身なりの汚い一人の少年が迷い込んだ。神社は薄暗い山の中、雨が降ればその洞窟に身を寄せたくもなるだろう。暇を持て余していた賭け神は闖入者に大いに喜んだ。
「ぬしは誰ぞ」
 驚かしてしまえば人は直ぐに逃げる。知っていた賭け神は神事で見掛ける人間と同じ外見を作り、少年を招き入れた。
 だが少年も阿呆ではなかった。灯火一つない暗い洞窟の中、神主のような男が綺麗な身なりのまま笑みを浮かべるなど不気味なことこの上ない。彼はすぐさまそれが人ならざる者だと察した。
 慌てて逃げようとする少年を逃すまいと、賭け神は洞窟の入り口を異形の力で空間ごと捻じ曲げ塞いでしまう。途端、辺りは一瞬にして光一つ差さぬ暗闇になり、閉じ込められた少年は恐怖で慄いた。
「ああ、人の子よ。我はぬしに危害を加えようなど思っていない」
 ただ少し遊び相手になれ。賭け神はそう言った。
 暗闇の中では賭け神がどのような面持ちを浮かべているのか検討がつかない。だが、危害を加える気の有無に関わらず相手が人ならざる者とあれば、子供にとってこれほど恐ろしいものも無いだろう。少年は遂には泣き出してしまった。
 やれやれと肩を竦めた賭け神は、ついと手を横薙ぎに払い宙を裂く。すると今まで暗闇だったこの空間に青白い火が浮かび上がり辺りを照らした。火は不思議なもので、核を持たずただ宙に渦を巻いて煌々と灯る。入り口は狭かったが洞窟内は湧き水による泉が有り、縦にも横にも随分な広さがあった。
「泣き止め童子。なに、少し遊戯に付き合えば帰してやろう」
 賭け神はそう言うと何もない空間に指先で円を描き、そこから毬を生み出す。鹿の皮で作った何の変哲もない毬だ。神はそれをとんと蹴り、未だ泣き止まぬ子供へ渡す。
「我と童子、互いに毬を蹴り合い、挙げた数字に達するか賭けぬか」
 唐突な提案に少年は目を丸くした。
「遊戯だと言ったであろう。童子よ、毬の蹴り合いを続ける回数を述べよ。我は常にその回数へ達さぬ方に賭ける。童子が賭けるものはぬしの『帰り道』でどうだ」
 無理矢理引き止めたというのにあまりに理不尽。だが、どうせ付き合わねばここから出ることは叶うまい。そう直感した少年は涙を拭い、五本の指を出した。
「五回」
 たったの五回。それならば確実だろう。
 賭け神は少し不服そうに眉を顰めたが「良かろう」と言うと少年へ毬を蹴るよう促した。
 とんと蹴られた毬は弧を描き賭け神の元へ向かう。賭け神はそれを器用に受け止めて同じく軽やかに宙へ蹴りあげて返す。
 とん、とん、とん。互いを行き来した毬はあっという間に五回の往復をやり遂げた。
 最後に毬を受け止めた賭け神は「ふむ」と頷き、軽く頭上へ跳ねあげた後に手へと収めた。
「良かろう。五回を達成できたぬしの勝ちよ」
 満足気に笑う賭け神の向かいで少年は安堵の溜息を吐いた。これで無事帰してもらえると思ったからだ。だが、賭け神が少年を解放する気配は無く、彼は「褒美だ」と言うと突然宙から数枚の小判を撒いた。
 青い灯を受け煌めく黄金の色。それまで帰りたい一心だった少年の心が揺らぐ。彼の家は貧しく、そのような黄金を見るのは初めてだ。この金があれば親兄弟に辛い思いをさせずに済むのではないか。そんな欲目が出た。
「これは本物?」
 恐る恐る問う。賭け神は当然だと頷いた。
「我は賭けごとの神ぞ」
 損をするものがいれば得をするものがいる表裏一体のこの世。そこを行き交う金子は念を生み、神のもとへ集う。それを形にして吐き出しているだけだと彼は言った。
 言っている意味は今ひとつ分からなかったが、本物であればこの上ない幸運だ。少年は土の着いた小判を拾い上げ、懐へと仕舞いこんだ。
「さて、童子よ」
 それを見ていた賭け神は試すように声を掛ける。
「もう一勝負続けるか」
 神主の顔を借りてニイと口角を上げて笑うその姿。神という神聖な言葉よりも物の怪という呼び名が良く似合う。
 彼は手の平に新たな黄金を生み出し、少年の前に差し出した。
「多く続ければ続けるほど褒美を増やそう」
 例えば二十回と目標回数を定め、それを達成出来れば小判を五倍に。貧しい童子にはたったの一枚ですら膨大な価値があるのだ。毬蹴りの目標回数を定めて達成するだけでそれがいとも簡単に手に入るとあれば、これほど美味い話もあるまい。
 ただ一つ、気がかりな事を除けば。
「失敗したらどうするの?」
 賭けられた価値への重圧に耐え切れず失敗を犯すかもしれない。相手である賭け神がわざと獲り辛い球を蹴るかもしれないのだ。可能性は零ではない。
 問えば賭け神は少し神妙な面持ちで溜息を吐いた。
作品名:奇譚回路 作家名:Kの字