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私の読む「紫式部日記」後半」

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若宮誕生五十日

 御誕生五十日目の祝の日は十一月一日であった。いつものように、女房たちは着飾って参集した。中宮さまの御前の有様は、絵に描かれた流行の物合(ものあわせ)の場面にそっくりである。
 御帳台の東にある中宮さまのご座所の際に、御几帳を奥のお襖の所から廂の間の柱まで、隙間なく並べて、ご座所の南側に若宮の御膳のものが据えられてある。その中の西側寄りのが中宮さまの御膳で、何時もの通り沈の折敷や素材の違った趣向を凝らした台が置かれたであろう。私はそちらのことは見ていない。お給仕役は宰相の君讃岐(さぬき)で、取り次ぎ役の女房も、髪に釵子(さいし)を挿し元結をしている。若宮のお給仕役は、大納言の君で、東側寄りの所に御膳を用意してある。小さな御膳台や御皿など、御箸の台やそれを載せた洲浜の形にかたどり、これに岩木・花鳥・瑞祥のものなど、種々の景物を描いた洲浜台と呼ばれ台に置かれてある。まるで雛(ひな)遊びの道具のように見える。そこから東にあたる廂の間の御簾を少し上げて、弁の内侍、中務の命婦、小中将の君といった主だった女房だけが、御膳をそれぞれ取り次いでは差し上げる。私は奥にいたので、詳しくは見ることができなかった。
 この夜は、若宮の乳母である大江清通(きよみち)息女少輔(せう)の乳母が禁色を許される。端正な姿で若宮をお抱きになっておられる。御帳台の中で、若宮を北の方倫子様がお抱き取りになって、中から膝行(にじ)り出てこられる、灯火の光に照らし出された若宮のお姿は、まことにご立派なご様子であった。倫子様は、赤色の御唐衣に地摺りの御裳をきちんとお召しになっているのも、もったいなくもあり、また感動的にも見受けられる。大宮(中宮)さまは、葡萄染めの五重(いつえ)の御袿に、蘇芳の御小袿をお召しになつていらつしやる。お祝いの際に父親または祖父の手により小児の口にあてる餅を、道長様が若宮へ差し上げなさる。
 上達部の公卿の席は何時ものように東の対の西の廂である。殿以外の二人の大臣も参上していらっしゃる。渡殿の橋の上に来て、また酔い乱れて大騒ぎをされる。檜の薄板を折り曲げて作った筥につめた御馳走、籠に入れた果物、殿の館より上達部が取り次いで持ってきては高欄に並べる。松明の光では心許ないので、四位の少将達を呼んで、紙燭という松の木の長さ一尺五寸、太さ三分位に削ったものの先を焦がし、油を染まして点火する松明を、高欄に立てて、参会者に展覧した。折櫃物・籠物などのうち内裏の清涼殿内にある主上附女房の詰所、台盤所に持参すべき品々は、明日から宮中は物忌みにはいるので、今夜のうちに皆片付けてしまう手筈である。その間に宮の大夫が御簾の許に寄ってきて、
「上達部を御前にお召しくださいますように」
 と中宮さまに申し上げる。
「お聞きとどけになりました」
 と女房を通じて返答があったので、道長様を先に上達部はみな御前に参上なさる。正面の階(きざはし)の東隣の間を上座として、東の妻戸の前までお座りになっている。女房たちは、廂の間ごとに二列あるいは三列に並んで座っていた。そして御簾を、その間に座つている女房たちがそれぞれ一緒になって巻き上げる。
 大納言の君、宰相の君、小少将の君、宮の内侍といつた順に座っている。
 その場所に右大臣藤原顕光(あきみつ)当年六十五歳、道長様の従兄弟に当たる、が寄って来て、御几帳の綻(ほころび)びの部分を引きちぎって、酔い乱れる。
「いいお年を召して」
 とつつき合って笑っているのも知らずに、女房の扇を取り上げ、品のよくない冗談も多く、どのようにお相手して好いのか女房たちも困っている、右大臣は六十五歳のご老人。そこへ中宮の大夫が盃を持って、右大臣の所へ出てこられ、催馬楽の「美濃山」
「簑山に しじに生ひたる玉柏 豊明(とよのあかり)にあふが楽しさや あふが楽しさや」
 と謡って、管絃の遊びはほんの形ぱかりだが、たいそう面白い。


 その次の間の、東の柱元に、酔った右大将藤原実資(さねすけ)が寄りかかって、女房たちの衣装の褄(つま)や袖口、重ねの色具合を観察していらっしゃる様子は、ほかの人とは感じが違っている。私は酒の席をよいことにし、また酔った人が私が誰であるかも分かるまいと思い、右大将にちょっと言葉をかけてみる、ところが今風のしゃれた人よりも、格段にご立派でいらっしゃるように見受けられるのであった。ご本人に盃の順がまわって来るのを、右大将は恐れていらっしゃったが、順がまわって来ると誰でもが謡う神楽歌、「千歳、万代」で済ましてしまった。
「千歳/\千歳や/\ 千年(ちとせ)の千歳や  万歳/\万歳や/\ 万世(よろずよ)の万歳や・・・・・」
 左衛門の督藤原公任が私の気を引こうと
「おそれ入りますが、このあたりに若紫はおられませんか」
 と私の書いた源氏物語の登場人物若紫にかけて、御几帳の中の様子をお探りになる。光源氏に似てる人はこの場に居ないのに、ましてあの紫の上がここに居合わせることなどはない、と心に思つて聞き流していた。参議中宮権亮藤原実成様に殿が、
「三位の亮よ、盃を受けなさい」
 と道長様が上座からおっしゃられる、侍従の宰相実成様は立ち上がってご自分の父親内大臣公季がいらっしゃるので前を横切らないで、へり下って下手から進み出たのを見て、内大臣は感激のあまり酔い泣きをなさる。
 権中納言は、隅の柱の元に近寄って、「兵部のおもと」の袖を無理やり引っぱり、聞くに耐えない冗談を言いながら抱きつかれる、殿は何もおっしやらずに注意もされない。

 だんだんと夜が更けるに従って酒の宴は乱れかたが激しくなりそうなので、酒宴が終わるまでに退散しようと「宰相の君」と申し合わせてどこかに隠れ退散しようとした。東面を見ると殿の息子さん達や宰相中将の方々がおられて騒いでいらっしゃる、これは駄目だこの場から逃げられない、と二人で御帳の後ろに小さくなって隠れていた。ところが殿が見ておられたのか乱暴に御帳を取り払われ私達二人の首根っこを押さえつけるようになさって、
「これ、和歌を一つづつ作られよ、されば許してつかわす」
 と酒臭い息を吹きかけながら申される。その態度がとても怖いので仕方なく和歌を詠うことにする。
 いかにいかがかぞへやるべき八千歳の
   あまり久しき君が御代をば
(私たちはそう長くは生きられません、そうすると八千年も生きられる若宮様のお歳を何方が数えて差し上げるのでしょうか)
「これは見事に詠われた」
 と二回ばかり私の歌を詠み上げられた後、すぐさま歌を詠われた。
 あしたづのよはひしあらば君が代の
     千歳の数もかぞへとりてん
(この私が千年も生きる鶴のようであれば、若宮様の千年のお歳を数えて差し上げられるのだが)
 あのようにお酔いになっておられても立派なお歌を詠われる、つくづく感心させられ、ごもっともなことだと思われた。
 このように若宮のことを大切にお扱いになられるからこそ、この館の栄光もいっそう盛んになるのであろう。千年のお齢も物足りないほどの若宮のご将来の栄えが、私ごとき人数にも入らぬような者の心にさえも、脈々と生き続けていくのである。