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このホテリアにこの銃を (下)

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13 桎梏



ホテルの失態
客である
僕への非礼

謝罪に来たのが
総支配人の
あの男では
なかったとして
僕の譴責
いや詰責は
あれほど
容赦なかったろうか

子どもの遣いでも
あるまいに
詫びの印に
花だワインだ
笑わせるなと
足蹴にした

百歩譲って
慰謝料として
受け入れるなら
君しかないと
突っぱねた

赦しを乞うなら
君を1人で
ここへよこせと
奴に怒鳴った

あの男には
人身御供に
差し出せとでも
聞こえただろう

それも一興

ホテルを賭けて
勝負しようかと
いう相手

ホテルの他に
もうひとつ
譲りたくない
ものがあると

いや 
死んでも譲れない
ものがある
それが君だと
奴に
通告したつもり


(2)


謝罪と称した
噴飯ものの
茶番劇から
小一時間も
たっただろうか

君は単身
乗りこんできた
真夜中だった

「お客さま
お呼びでしょうか?」

総支配人には
無断で来たと
直談判だと
釘刺して

勧めたワインも
これ見よがしに
飲み干した

どこから見ても
慇懃無礼な
けんか腰

僕の神経
逆なでようと
懸命だった

「正体ばれたら
開き直って
八つ当たり?
逃したカモへの
腹いせを
ホテル相手に
憂さ晴らし?」

歯に衣着せない
糾弾ぶりは
ついさっき
奴をなじった
僕ですら
舌を巻くほど
辛辣で

ホテルの窮状
総支配人への侮辱
見て見ぬふりは
できないと

こわばった目と
震える声で
そう言い切った

「ホテルのことは
心配ない
君自身の職も
安泰だ」

どんなに言葉を
尽くしてみても

「涙が出るほど
有難い」と

真綿で針を
くるんだような
皮肉を聞くのが
関の山

金品という
手段でしか
君への誠意を
表せなかった
無骨を詫びても
火に油

「金で心を
買うのが誠意?
でも
バラも食事も
ネックレスも
カモ相手なら
やり口としては
天下一品

それが証拠に
狙ったカモは
苦もなく
いちころだったでしょ?」

君は敵意を
むき出しだった

ジニョン

斜に構えるにも
程がある
黙って聞くにも
限度があるよ

じゃあ
ひとつ訊く

「本心だった
誠意だったと
どれほど言ったら
信じてもらえる?
僕がそんなに
信じられない?」

穴があくほど
睨み返して 
答えを待った

せめて
次の怒りが
ほとばしる前に
答えてくれと
念じたら

聞きたかった
答えより先に
君の頬を
涙がひとすじ
伝い始めて
やまなくなった

「こんな風に
出逢ったことが
恨めしい
あなたの仕事も
恨めしい

私には
分身みたいな
このホテル
どうしてそんなに
奪いたがるの?」

心外だった

心外すぎて
言葉に窮した

真夜中に
単身敵地に
乗り込んできた
君の抗議の
矛先が

ホテルの買収?

「お客さま」
「お客さま」と
悪意を込めて
繰り返し

一言一言
ことさらに
楯ついてまで
僕に向かって
ぶちまけた
怒りの理由が

僕が君を
色恋じかけで
利用した
侮辱したという
女性としての
抗議ではなく

このソウルホテルの
買収を
企てたこと?

呆然とした

今初めて
ゆっくりゆっくり
腑に落ちて

腑に落ちながら
僕たちの
あまりの距離に
愕然とした

屋台骨など
どう変わろうが
ホテルはホテル
企業は企業と
僕は言い

ホテルは決して
寝泊まり用の
ビルじゃない
誇りや情や思い出の
塊なんだと
君は即座に
突っぱねる

仕事は仕事 
恋は恋
次元が違うと
割り切る僕に

愛おしい
自分のホテルを
右に左に
売った買ったと
おもちゃにされて
いい気はしない
そんな風には
割り切れないと
君は1歩も
譲らない

僕にとっては
君との接点
それ以上でも
以下でもなく
片手間の余興に
過ぎないはずの
ソウルホテルの
買収が

君にとっては
呪っても
呪ってもまだ
足りない災厄

奈落の底まで
突き落とされた

事はあまりに
明白で
思うよりはるかに
深刻で
自分の犯した
大いなる誤算に
息をするのも
苦しかった

この部屋に
入って来るなり
僕を罵倒し
揶揄しつづけて
今の今まで
君が
保ってきた闘志

何がどうして
砕けたろう?

かぼそい声が
震えてた

「信じたい
心があなたを
信じたがってる
いっそ
信じられないほうが
どんなに楽か」

奈落の底で
その一言で
ほんの一瞬
天にも昇る
心地になった

充分だ

僕の想いが
嘘ではないと

そのことさえ
君の心に
通じていれば
それで充分

でも酷いかな
現実は

買収を
企てようと
する以上
君の心を
手にすることは
僕には
ほとほと許されず

買収という
足枷ゆえに
君とは永遠に
敵味方

それが
酷くて確かな
現実なんだと

奈落の底で
もう一度
奈落に落ちて

不覚にも
涙がこぼれた

目の前の
君との間に
溝とも淵ともつかぬ
ホテルという
深く険しい
桎梏を見た

君をそこまで
駆り立てるのが
純粋に
このホテルへ
愛着なのか

あるいは
総支配人の
あの男への
執着なのか

意地悪く
問いただしても
君本人すら
涙にくれて
「わからない」と
頭を横に
ふる難問

でもそれ以上に
僕にとっては
到底
看過できない難問

そんな
おまけまでついた
あまりにも
よく出来た
桎梏だった