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コテージ・ミキ

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「へえ、でも入口の表札は池尻になっていたけどな。三木って誰だろう? 土地の名前でもなさそうだし」
「きっと、その人が経営者だったのよ」
「じゃあ、さっきのご主人は?」
「さあ」
「コテージなんか経営するタイプには見えないわ。無口で愛想がないもの。すごく親切だけど」女が小声で言った。
「あのご主人、独り者なのかなあ」
「どうして?」
「だって、人の声とかぜんぜん聞こえないし、電気が点いているのも一部屋だけだし」
「もったいないわね、こんな広い家に一人だけで住むなんて」
 四人は、足音を立てないように、ゆっくりと砂利を踏みながら小屋に戻った。

 翌朝、四人は六時に起き、急いで身支度して、その小屋を出た。一言お礼を言おうと、母屋の玄関を開けて呼びかけたが、返事はなかった。昨日の言葉通り、朝早く仕事に出かけたのだろう。玄関の鍵をかけることもなく。
 四人は、昨日と同じポイントで朝の波に乗った。風はなく、波は高く、水温はやさしく、このまま永遠に水面で遊んでいたいと思わせるようなコンディションだ。ボードを持つのも重いと感じるくらい、へとへとになるまで波乗りを楽しんだ。時刻は昼に近かった。
 帰り支度を整え、車で近くのルートレストランへ行く。ポケットの残った全部のお金を出し合って、チキン南蛮だのトンカツだのを注文し、特盛りの白米と一緒にむさぼり食った。満腹になってレストランを出た時、四人の一番後ろにいた女が頓狂な声を出した。
「どうしたの?」
「見て、あの人。昨日のコテージのご主人じゃない?」
 女は、数十メートル先の防波堤を指さした。そこには、コンクリートの上であぐらをかき、タバコを吸いながら海を見ている男の後ろ姿があった。
「似ているような気はするけど、後ろ姿じゃよくわからないな」
「でも手前に停めてある車は、昨日のとそっくりだわ。あの帽子も」
「行ってお礼をしてこようか?」
「別にいいんじゃないかな、タオルケットの上にお礼のメッセージは残してきたから。せっかくの休憩時間を邪魔するのも悪いし」
 残りの三人は、無言で同意した。というのも、その後ろ姿には、何か近寄りがたいものがあったからだ。
 結局、四人はそのまま自動車に乗り込んだ。十分ほど走って、知り合いのサーフショップに寄り、缶コーヒーを飲みながらオーナーと談笑した。
 帰途についたのは二時過ぎだ。これなら、多少道が混雑していても九時前には確実に帰宅できる。一晩ぐっすり寝て、明日からはまた仕事である。四人とも別々の職業を持っている。
 背の高い椰子の木が路肩に植えられた、気持ちのよい自動車道を走っていった。遠くに防砂林が見える。その向こうの海では、まだ多くのサーファーがサイズの大きな波を楽しんでいることだろう。カーラジオでは、地元局のアナウンサーが今年一番の暑さになりそうだと話している。
「あのさ……」運転している男が口を開いた。「ちょっと思ったんだけど、あのコテージのご主人、むかしサーフィンやっていたんじゃないか?」
「なんだよ、いきなり」助手席の男が笑う。「変なことを思いつくなあ」
「急にそんな気がしたんだ。すごく上手でさ、サブロクターンとかひょいひょいやりそうな……」後部座席の二人の女がぷっと吹き出した。
「言われてみれば、そうかもね」
「すごく日焼けしていたしね」
「でもさ」と運転している男が言う。「もしそうだったら、どうしてサーフィンを止めちゃったんだろう?」
「さあ……」
「いろいろあるのよ、人生には」
「俺たちも、いつかサーフィンをやめるのかな?」
「……」
 四人は再び無言になった。路肩の椰子の木はまだ続いていた。遠くの空に、離陸した飛行機が高度をぐんぐん上げていくのが見える。その向こうには、底抜けの青空。ラジオから流れてくる緩いテンポの音楽。車内のエアコンはようやく効き始めた。
 心地よい疲労に、海の余韻が残っている。四人には、この道が、このまま永遠に続いていくように思えた。(了)
作品名:コテージ・ミキ 作家名:鬼火