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源内倶楽部 1

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「源内倶楽部」

嘉永五年八月あの怪物が江戸を目指していると知らせが来た。

江戸城の中奥、老中御用部屋で、人を遠ざけて月番老中の三人がなにやらひそひそと密談を始めた。
「やはり、この様な天下の一大事には、あの男以外にはおりませぬ」
「さようでござりますな、内々に事を進めるには、あの幽霊が最適でござろう」
何やら天下を揺るがす大事件が迫っていて、その対処策に打って付けの男を考え付いた様だ。
「なれば急がねばなりませんな」
「しかし阿部様は、大した事ではない、その様な事はすておけと」
筆頭老中の阿部正弘は、この事実を黙殺し、大した事にはならぬと無視する様に月番老中達に指示したたばかりだった。
「琉球と対馬からの文では、海に浮かぶ山の様だと。このままでは清国の様な恐ろしきことになりかねませんぞ」
「急がねばなりませんぞ」
「さようではござるが・・・阿部様に無断では」
「そのように躊躇している場合ではござらぬ」
「急がねば、あの男でも時が過ぎれば間に合いませぬぞ」
「・・・さっ、左様でござるな」
「決まりましたな」
「では早速に手配致しましょう」
「しかし、我々は表立っては動けませぬ故。差配役の者を起用せねば」
「万が一の時には我々は預かり知らぬ事に出来ますからな」
「では、早速呼び出しましょう」

江戸の大通りを差配役に適任と抜擢された中年の侍が走っていた。
「こりゃ旦那、そんに急いでどちらへ」
「帰雲の旦那、寄ってってくださいな」
「ごめんよ、今度な、また寄るからよ」
町衆に帰雲の旦那と呼ばれているこの侍、町人楽しみである歌舞伎が天保の改革で無くなる危機を救った事でも慕われている人気者だ。
今は隠居して家督を倅に譲っているが、現役の頃は北や南町奉行を勤めた、名奉行の遠山金四郎景元だ。
若い頃から桜吹雪の刺青が看板の遊び人の金さんとしても町衆に親しまれてきた。
腰に大小はさしているが、隠居を機に思い切って剃髪し頭は丸坊主。
あの若い頃の粋でいなせな金さんの面影はまったくない。
しかしそれが潔いと、今も江戸っ子達に親しみをもたれている所なのかもしれない。
「おっとっと、すまんすまん、先を急ぐでな」
帰雲は通行人にぶつかりながらも小走りで先を急いでいる。
帰雲は裏の仕事とはいえ、久し振りのお役目に張り切っている様だ。

表通りの大店。材木問屋と回船問屋を合わせて商う江戸随一と評判の大店相模屋の暖簾を帰雲は潜った。
「邪魔するよ」
「これはお殿様、これ旦那様にお殿様がおいでだと・・・早くしないかい」

店の番頭がそばにいた小僧に、奥にいる主人に帰雲が来た事を告げる様にと促した。
「へーぃ」
「いいよいいよ小僧さん。それよりも殿様はやめてくれ、たたの隠居のじじいだよ」
「これ、何をしてるんだい、早く旦那様に」
「いいって事よ、昔から通い慣れてらーな、勝手に上がるよ」
帰雲はそのまま、店を通り抜けて屋敷の奥につながる廊下を歩き出した。
「何ですか店先で大声で」
「すまんすまんわしじゃわしじゃ」
「これは、帰雲様おしさしぶりでございます」
この店の一人娘のさなえが店の騒ぎを聞き付けてやって来た。
「おお・・・また一段と美しくなったのー、さなえ坊」
「まあ相変わらずお口のお上手な事。伯父様は変わっておりませんね」
「ところでお元気でござりますかなご隠居様は」
「はい、お元気でございます。さあどうぞ奥へ」

相模屋の奥の奥の秘密の奥座敷に向かって帰雲とさなえが歩き出した。
さなえが先にその座敷の障子が開き入って行った。
「帰雲様がおみえでございます」
「やっと来たかい」
遅れて帰雲も座敷入って来た。
「おしさぶりでございます。御隠居お元気で何よりでございます」
「本当に金さんかい、お前さんおつむの方がめっきりと寂しくなってしまって」
「いゃー(頭をなでながら)御隠居はいくつにおなりで」
「御隠居はやめとくれ、まだまだ現役・・・ほれこの通り」
帰雲にご隠居と呼ばれた老人は、すっくと立ち上がって手足を激しく動かし踊ってみせた。
「いけません」
さなえが慌てて止めた。
「また叱られちまった・・・ああ」
元気だと言っていたが、さすがに歳である、息が上がってぺったりと、そのまま座り込んでしまった。
「大丈夫でございますか、源内様」
ちょうどそこに、蘭学医師の石川良信が座敷きに入って来た。
良信が源内と呼んだ老人が、老中達が幽霊の様な者と言っていた天下の一大事を託された男、平賀源内だ。
源内は世間では七十年以上も前の安永八年に死んでいる事になっている表舞台には出る事のない幽霊の様な存在なのだ。
なぜ源内が生きているのかだが。
世間では、友人と些細な事で諍いとなり、刃傷沙汰を起こして捕えられ入牢し、そのまま牢内で病死したとされている。
友人との諍いごとで突然刃物を振り回し無抵抗の相手を殺した罪は重罪、死罪はまぬがれずとされていた。
しかし、源内の知識と頭脳を惜しんだ幕府が牢内で病死したと処理し、相模屋お預けとして食い扶持を与えて長年庇護してきたのだった。
「おお、良信殿お見えになったか、ちょうど良かった、ささご隠居様のお脈を」
帰雲に促されて良信は源内の側にそのまま進み、むんずと源内の手首を掴んだ。
「何をするのじゃい、お前さんは誰じゃい」
源内は良信の手を振払った。
それでも良信は強引に源内の腕を掴んで脈をみた。
「何じゃ何じゃ」
良信の強引さに圧倒されて、源内も諦めておとなしくなった。
「このお方は石川良信殿、蘭学医でございます」

「医師か・・・わしはまだまだ医者などには用はないわい」
源内は苦虫を踏みつぶした様な顔で上目使いに良信を見た。そうとうの医者嫌いの様だ。
源内は良信の手を汚い物でも扱う様に、指で摘みあげて自分の手から離した。
「これはまた医者嫌いの方が重症ですな」
「お祖父様。おとなくしないいませ。往生際が悪い諦めなさいまし」
さなえが源内を睨み付けた。
「そうですぞ、ご隠居」

「ああ怖っ、二人して老いぼれをいじめるか、はいはい分かりましたよどうとでもなさいませ」
源内は仕方なく良信の目の前に腕を突出した。
「御隠居様はおいくつで」
良信は脈をみながら確かめる様に聞いてみた。
「わしは今年で還暦じゃ」
「おじいさま嘘はいけません。還暦はだいぶ前に過ぎました。それも二度目の」
それを聞いた良信の目が光った。
良信は依頼された仕事以外に医者として源内の身体の秘密にちょっと興味が沸いてきた様だ。
「・・・(なんじゃいな?こいつ)」
源内も良信の変化を感じでいた。
良信は源内の腕を離し帰雲のそばに戻った。
「まずは何ごともなくお元気でこざいます。源内様は百を越したお歳しとはとても思えませぬ」
「だから言ったではないか、医者など用はないと」

「まずは何事もなくよろしゅうございました。それでは早速でございますが」
「おっと、いいのかい」
源内は帰雲の話を遮り良信を見た。
「この事は良信殿も御承知でございます」
良信はこの企みを仕掛けた老中達から直接命じられ、源内の身体に万が一の事があったらと考えて仲間に加わった人物だ。
作品名:源内倶楽部 1 作家名:修大