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レイニーブルー

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レイニーブルー


湿った空気は重く、息苦しいほどだった。湿度のためか、汗のためか、フローリングに触れた肩や頬や足はぺたりと床に張り付いていた。
窓を叩く激しい雨粒の音に耳を澄ます。遠くで車が水を跳ねながら走っていた。がちり、と鍵穴を回す音が聞こえた。続けてドアを開く微かな気配。雨の匂いがした。
「おかえりなさい」
身体は床に根を張ったようで、そのまま顔も向けずに声を掛けると、呆れたような溜息が上から降って来た。
「冷えるだろ」
「暑いのよ」
剥き出しの肌に男の手が触れてくる。熱くは無いが冷たいとも言えない温度。彼のせいか自分のせいか判別は付かないが、湿った皮膚がぴたりと張り付く感触が不快で、緩く手を払った。
「触らないで」
言って後悔した。人が嫌がることを好んでする男だ。触らないで、なんて触ってと言うに等しい。案の定男は笑みを漏らして、素早く両手を回してきた。腹と肩に腕が回る。背中から熱が伝わる。後ろ手で抵抗するが、力では敵わないのは分かり切っていた。さほど力を込めているわけでも無さそうなのに、その拘束は硬い。ぐったりと力を抜いて為すがままになった。
「もう、何なのよ」
「お前らしくないな」
「人が無気力に寝っ転がっていようが何だろうが、あたしの勝手でしょ」
「お前が憂鬱そうだと詰まらない」
随分と勝手なことばかりだ、と思いながらも良い返すような気力も無く、黙った。確かに自分らしくないという自覚はあった。
外では雨が降っている。激しい雨音が室内にまで入り込んできて、静かな部屋は一層静寂を増す。
雨は嫌いだ。思い出さなくても良いことまで思い出してしまう。
水無月は水の月。自分が生まれた月。里に連れてこられた日も雨が降っていた。
「響」
「なんだ?」
触れたところから声が響く。微妙な体温が伝わってくる。
「いつここから出て行くの?」
「出て行かない」
そんなわけあるはずもないのに、と可笑しくなった。この男が束縛されるようなことを好むはずが無い。先日の事件で里にいられないようになり、この狭いアパートに転がり込んできたが、里に戻れるようになったら出て行くはずだ。そうでなくとも、その顔で住むところどうとでもなりそうな男だ。やって来たときと同じように、日常に紛れていつの間にか消えてしまうだろう。だからその前に。友人の身の安全が一先ず確認出来たら男を追い出すつもりだった。
「六月はやめてね」
出て行くにしても、せめて六月は避けてほしかった。
「だから、出て行かないって言ってるだろ」
思いの外真摯な声に、思わず身体を捩って彼の顔を見上げた。秀麗な顔が薄く笑う。
「ずっと面倒見てくれるんだろ?」
何の呵責も無く極めて自然に嘘を吐く男だ。そんなことは身を以てよく知っていたけれど、こうやって抱き締められているとまるで必要とされているかのようで、自嘲を押し殺しながら目を閉じた。
「ありがとう」
雨はやまない。

作品名:レイニーブルー 作家名:萱野