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レイニーブルー

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Fall of Life



紅茶色の薔薇にテラコッタ色のガーベラ、葡萄色のダリヤやワイン色のスカビオサ。肉厚なブラックリーフに雪化粧を施したようなシルバーリーフ。店頭には秋らしい落ち着いた色の植物が並んでいた。
桃子が立ち止まると横を歩いていた響も歩を止めた。
「ちょっとお花を買うから先に行ってて」
「待ってる」
荷物を腕に抱えたまま響はオーニングの影に入ったのを見て、桃子は淡く笑った。いつも先に帰って良いと桃子が言っても、響がその言葉にしたがった例は無かった。普段は桃子が嫌がっても店内まで付いて来る響きだったが、今日はその荷物では花屋の狭い店内にまでは無理そうだった。久々の買い物だったから荷物も多かった。軽いものが殆どだったけれど代わりに嵩張る。
響を外に待たせたまま桃子は店内に足を踏み入れた。秋の香りの薄い花に満ちた店内はそれでもどこか良い香りがしていた。いくつかくすんだ色の花を選んで包んでもらっていると、店員の女性が外に目をやった。
「最近暖かい日が続きましたけど、今日は風が強いですね」
釣られるようにして桃子も顔を外に向けるとウィンドウの向こうで男がひらりと手を振った。
「お孫さんですか? 仲がよろしいんですね」
店員の穏やかな問い掛けに、桃子は返答を微笑むだけに留めた。
外に出ると響が見慣れた表情で笑いながら桃子の横に立った。
「夫だって言えば良いのに」
「やめてよ。若い男を囲ってるとか思われたくないの」
ふうん、と響は少しつまらなさそうに喉を鳴らした。ここ数十年何度も交わした遣り取り。いつの間にか響と京也は兄弟に間違われるようになって、気付けば外見上では二世代も離れてしまった。
「まあいいか。お前が否定しないなら構わない」
「何を?」
「桃子が俺の花嫁だってこと」
「もう花嫁なんて年じゃないわよ」
苦笑する桃子の手を響が握る。薬指に嵌った揃いの指輪がかちりと小さく音を立てた。
「関係ない」
前を見据える響の横顔は出会った時から何一つ変わらない。美しく整った顔立ちは色素が薄いことと相まって人形のような印象を抱かせる。数十年来変わることない容姿。寂しくないと言えば嘘だけど、決して辛いわけではない。桃子はこの生活が幸福だと言い切ることができた。
サーモンピンクの薔薇ではなく、ボルドー色のダリヤを選ぶようになっていたが、それは決して不幸なことではない。
万感の想いを込めて囁く。
「ありがとう。響と一緒に過ごすことができて幸せだった」
ありったけの感謝を込めた言葉に響は呆れたように笑った。
「その言葉はまだ早いだろ」
ほろ苦く甘い感情でいっぱいになった。明日もその先もずっと、桃子の最期まで傍らにいてくれるのだと仄めかすような言葉。気紛れで残酷な男が数十年の年月を費やしたことを思えば、そこに込められた彼の思いに直に触れたような気分になって堪らなくなる。もう好い加減信じても良いのだろうと穏やかに受け入れることができた。
「鬼頭への攻撃を止めたいんならせいぜい長生きしろ」
「もうそんな気さらさら無いくせにね」
秋色のくすんだ色の花に顔を埋めて笑う。鼻先に触れた紅く色付いたコルダータの葉はハート型をして愛らしかった。春や夏の甘く香る花の明るさは無いけれど、秋の草花も美しいことに変わりはない。
一際強く風が吹く。首元のスカーフがひらりと風に吹き飛ばされたのをあっという間も無く響が掴み取った。風に翻弄され土の上に落ちるはずだったスカーフを掴んだ響の手は白く美しかった。この手が命を暫く繋ぎ止めてくれることを願わずにはいられない。
「もう冬ね」
「そうだな」
いつの日か確実に来る別れの日を予感しながら、互いに手を握った。
作品名:レイニーブルー 作家名:萱野