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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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「そうだといいけどね。あたしは見張り役で、可能な範囲で協力するように言われてるけど、彼女の居場所を教えてあげることはできない」
 ソフィアはCMUの本部にいる、と言ったようなものだが、同時に、身柄を拘束されているわけではない、とも伝えている。勿論、安全である、とも言っていない。
 佐佑は何も答えず、ひっそりと口の端を歪めた。
 沈黙の合間、女は酒瓶を呷って喉を鳴らした。
「CMUに連絡してくれるか? 俺を使って取引を持ち掛けるんだ」
「は? あんたにそんな価値があるとは思えないけどね」
「あぁ、ないな」
「あんた面白いね」
「どこぞのバカに捕まって取引材料にされてしまうほど、俺は何もできない状態だと知らせるんだ。味方なら助けに来る」
「敵ならトドメを?」
「そういうことだ」
「目の前にいる女が敵だったら、今の作戦は筒抜けだね」
「自分で言っただろ? 俺に価値は無い。敵なら既にトドメを差している」
「敵じゃなければ味方って考え方には賛同できないね」
「同感だ」
 女は言葉を失う。
「敵ではないと分かればそれでいい。現実を見せてやればいいのだからな。それから敵になるか味方になるかは、また別の問題だろ?」
「なるほどね。つまり、あたしが協力を拒めば、敵でもないし味方でもないってことになるのね」
「いいや、お前は俺の味方だ」
「どうして?」
「そうでないと俺が困る」
「あんた面白いね」
 女は、フフ、と笑った。
「二つ目の質問だ」
「まだあるの? 何?」
 女の口調は、随分と柔らかくなっていた。
「食事はいつになるのかな?」
 そこで佐佑は、初めて女の顔を見た。

 *  *  *

 CMU作戦参謀長官は、対戦相手のいないチェス盤を前にして、低い唸りを繰り返していた。盤上の駒は極端に少なく、黒のナイトの傍に白のクイーンが転がっていた。
 ドアをノックする音にも、部屋の主は返事をしない。
 訪客は構わずノブを回してドアを開いた。
「室長、入ります」
 凛とした女の声。業を煮やして、という様子ではない。
 室長は視線を預けることなく迎え入れた。
「この局面、どう見えるかね?」
「黒のナイトが白のクイーンを喰ったところですね。既に大勢は決したように見えますが……」
「白のクイーンは退場したが、黒のクイーンもまた、死に体となったナイトを守るために動けなくなっているところだよ」
 室長の右手は、それぞれの駒の動きを示しながら盤上を滑る。
「ナイトためにクイーンを? 常識では考えられません」
「チェスであればそう。だけどね、人は駒ではないんだよ。感情がある」
「勝利がすべてではない、と?」
「すべてを得てこその勝利だとは思わないかね?」
 室長は柔和な笑顔を繕った。その目は笑っていない。
「ところで、何か報告があったんじゃないの?」
「“Gladius”ですが、なんらかの活動団体に拘束されているようです。詳しい情報はまだですが」
「無駄だと思うけどね」
 室長はぼそりと漏らす。
「はい?」
「“Gladius”のことは放っておいていい。時間稼ぎでもしてやれば、自分で何とかするさ。それより、我々は我々の成すべきことをしようじゃないか」
「……と、言われますと?」
「今回の件で、軍や政府の高官は再認識した。我々が相手にしている存在が持つ脅威をね」

 対人外特殊工作員“Counter Monster Unit”とは、英国陸軍特殊部隊に所属する“能力者”たちの呼称である。頭文字をとって、シー・エム・ユーと呼ぶ。
 その能力は、透視、読心、念動、発火などの、いわゆる超能力と呼ばれるものから、魔術や魔法と呼ばれるものまで多岐に渡っている。所属する全員が戦闘能力に優れているのではなく、むしろ、直接的な戦闘行為に活用できる能力を有している者はほとんどいない。
 理由としては、持って生まれた先天的な素養に依存する部分がほとんどであるため、意図して後天的に能力を身に着けることが極めて困難であることが挙げられる。例えるならば、リズム感が皆無な者が、ダンサーを目指すようなものだ。ある程度までは到達するが、極めることは不可能に近い。その“ある程度”の度合いが実用レベルではないということだ。
 従って、より確実な効果を期待できる射撃や格闘の訓練に人員と予算を割くことになる。
 しかし、その必要性と有用性は充分に認知されており、仮に訓練による育成が可能となった場合、現行の軍や警察組織の構成が一新されるであろうことは想像に難くない。それは様々な組織の上層部が最も恐れていることの一つであった。

 室長は背もたれに身体を預け、腹の上で指を組んだ。
「ならば次は、我々が如何に有能であるかを見せ付けてやろうじゃないか」

 *  *  *

 佐佑は、大きな大きなため息を吐いた。
 これみよがしであてつけがましいそれは、相手を不快にさせることが目的としか思えず、事実としてその効果は抜群だった。
「言いたいことがあるなら、言ってごらんよ」
「分はわきまえている」
「ならそのため息も飲み込むんだね」
「おや、ため息を吐いていたか。無意識なのでな」
 言い終えると同時に、佐佑は再びため息を吐く。
「あたしの料理がそんなに気にいらないかい」
 食卓に並んでいるのはすべて缶詰。ベイクドビーンズ、パスタ、and so on.
「缶詰をそのまま出しておいて料理だと? せめて皿に移すなりなんなりあるだろう」
「文句があるなら食べなくていいよ」
「だから何も言わなかったのだ」
「だったら、そのため息もやめな」
「わかった。次からサンドイッチにしてくれ」
 サンドイッチは、イギリスの国民食と呼んでも過言ではないほどに好んで食されるものだ。どこにでも売っている。世界的に低い評価を受けるイギリス料理において、外国人旅行者が美味しく食べられる数少ない料理の一つだ。
 サンドイッチの最大の特徴は、“片手で食べられる”ことにある。
「あぁ、そういうことか。あたしが悪かった」
 目覚めてから丸一日。佐佑は起き上がって歩くことができるようになったが、
ナットウエスト・タワーの屋上で霧魔に喰われた左腕は、今もまだ全く使えない状態だ。喰われた直後、黒く変色していたのは指先だけであったが、現在では手首にまで及んでいる。手首から肘に掛けても、うっすらと青黒い。
「まだ動かせないのかい?」
「感覚も無い。精気を喰われている。放っておけば近いうちに腐る」
「喰った霧魔は始末したんじゃないのかい?」
「喰った相手がいなくなったところで、喰われた腕が戻ることはない」
「自慢の剣も振れないんじゃあ、“Gladius”も形無しだね」
 佐佑は返事代わりに苦笑いを浮かべた。
「同情してあげようか?」
「同情はいらん。サンドイッチをくれ」