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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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「違う」
 ソフィアは、ぼそり、と呟く。
「違う、だと?」
「クサナギがそう考えていたとしても……」
 ソフィアは続きの言葉を飲み込む。
 ―― そう考えていたとしても、第三者に行わせることはしない。
 自分は“第三者”でしかないという現実への、精一杯の抵抗であった。
 ソフィアは思う。止むを得ない事情で第三者に行わせるとしても、納得の上で実行させるはずだ、と。そうでなければ、実行者はとてつもなく巨大なものを背負って生きていくことになる。佐佑がそんな愚行を選択するとは思えない。
 ソフィアが納得していたかどうかは別にして、作戦を説明する時間は充分にあった。にもかかわらず、実際には何の説明もなかった。
 そこからは、すべての行動をソフィア自身の判断に委ねる、という佐佑の思惑が読み取れる。しかし、雷に襲われやすい屋上に向かわせたことの説明が付かなくなる。
 何かを求められているが、それが何かが分からないのだ。
 ソフィアは堪える。
 ギリと歯を食い縛り、上も下も見ず、ただ正面だけを見据えて。
「……できないわ。私には」
 ソフィアは断言する。その瞳には、確固たる意思の光があった。
「所詮は子供か!」
 姿無き声の気配に、黒い殺気が宿る。と同時に、ソフィアの頭上に鈍く光る方円が描かれた。
 方円は、周囲の大気中に浮かぶ魔力を吸収し、その光を急速に強める。
 ソフィアは、頭上の方円を凝視する。
 地面と並行に描かれた方円の上、その中央に、ぼんやりとした半透明な人影が見えた。
「そういうことなのね、クサナギ」
 ソフィアのナチュラルブロンドが、重力を無視してふわりと広がる。
 次の瞬間、魔術によって生み出された光が大きな弧を描いて飛び、ソフィアの頭上に浮かぶ方円を破壊した。
「何を……している?」
 姿無き声は静かに問うた。
「あなたを討ち取るのよ、霧魔ミラビリス」
「気でも狂ったか?」
「いいえ、ミスター。私はようやく正気に戻れたのよ」
 ソフィアは僅かに微笑む。
「屋敷の地下で、イングウェイはこう言ったわ。『その声、“Gladius”ではないのか!? 気配はきゃつのものであったのに』ってね。イングウェイは、あなたの気配を“Gladius”と間違えた」
「波長が似るのは当然のことだ。イングウェイは本人を知らなかった。間違えたのも無理は無い。だからこそ、それを利用したのだろうに」
「そうよ、イングウェイは“本人を知らなかった”の。なのに、あなたの気配を“Gladius”と間違えた」
「それで?」
「私に『剣に霧の先を知る方法を託す』と書かれた手紙の存在を教えたのはあなただったわね。考えてみればおかしな話よ。反旗を翻したイングウェイが、お婆さまにそんな手紙を出すはずがないもの。それに、イングウェイがこの世を去ったのは、クサナギが英国を訪れる前。クサナギが“Gladius”と呼ばれるようになったのは、英国を訪れてからのこと」
 ソフィアはゆっくり息を吸う。
「イングウェイは、あなたの気配を“Gladius”として認識していたのよ」
「面白い発想だが、間違いだ」
 周囲の空間に緊張が走る。
「平時の波長は誤魔化せても、解放時の波長は誤魔化せない。私だって、クサナギの波長に似せることはできる。そのままでも、少しぐらいの魔術なら使える。けれど、全力を出すときはそうもいかない」
「……!!」
「私を遠くに離れさせたのは、“生半可な魔術では届かない距離”が必要だったから。わざわざ屋上に向かわせて雷を当てたのは、私に“本気の波長”を伝えるため。それはすべて、あなたとクサナギとを、私に比べさせるため! クサナギの雷と、あなたが撃とうとしているそれとはね! 波長が違うのよ!!」
 ソフィアは吼えた。
 騙されていた自分、見抜けなかった自分、惨めさ、悔しさ、様々な感情が入り混じった叫び。
 それは誓いだ。宣誓でもあり、宣戦でもあり、他ならぬ自分自身に宛てた応援でもあるそれは、心からの、魂の叫びだ。
 事態を深刻にしたのは、他でもない自分の愚かさだ。慢心し、使命感に酔い、その結果、多くの犠牲を出してしまった。
 この魔物の甘言に惑わされてさえいなければ。
 もう遅い。分かっている。自身のことだ、誰よりも分かっている。
 だからこそ――
 まだ早い。後悔を始めるのは、それ以外にできることがなくなってからだ。
 ―― ミラビリスは、私の手で討つ
 ソフィアの魔力は、かつてない高まりと充実とを見せる。
「こむすめぇぇぇ!!」
 再び、ソフィアの頭上に鈍く光る方円が描かれた。先ほどとの違いは、その“銃口”がソフィアに向けられていたことだけであり、それ以外はソフィアの魔術によって破壊されるところまで全く同じであった。
「せいぜい足掻いてみせて」
 再び、ソフィアの身体から複数の光の筋が立ち昇る。
 常人の目には決して映らないその光は、一つ一つが佐佑が放った雷一本と同程度の威力を持っていた。
 そして、その数は優に百を超える。
 上空を漂っていた霧がソフィアに向かって急降下を始めていたが、ただの一点に集束した光によって、そのすべてが掻き消されることとなった。
「お礼を言っておくわ。あなたの言った通り、仕留める機会を失ってしまうところだった」
「くそぉぉぉォォオオオオ!!」
 ロンドンの空は、無音の輝きに包まれた。

 *  *  *

 ナットウエスト・タワーの屋上は、赤赤と燃える炎に包まれていた。
 天をも焦がす勢いを見せる炎は、タワーそのものに対して如何なる損傷も与えていない。
 一面に燃え盛る炎は、イグニスの炎術によるものだ。対物攻撃力を持たないため、物理的に防ぐ手立ては無い。ソフィアのマジック・ミサイルとの相違点は、追尾型ではなく設置型で、対象が固定されていないことだ。

「圧力が減った!? どういうことだ?」
 イグニスは背後の佐佑に問い掛けた。答えではなく、同意を求めるための問いだ。
「ソフィアがやってくれたんだ」
「なんだと?」
 イグニスは、思いがけず返ってきた答えに途惑い、再び問うた。
「そいつは残滓だ」
「あとで説明してもらうぞ」
「俺が動きを止める」
 佐佑は壁を支えにしながら立ち上がる。黒ずんだ左手は力無く垂れ下がり、その動きは欠伸が出そうなほどに緩慢だ。
「やれるのか? そんな身体で」
「男と心中する趣味は無いからな」
 イグニスは、返事代わりに、ニヤリ、と笑い、そのまま霧の侵入を阻んでいた炎の壁を消し去った。と同時に、触れたものすべてを喰らい尽くさんと蠢く悪意が、どろどろと流れ込む。
 感情が目に見えたならば、人はこれを狂気と呼ぶだろう。
 佐佑は、まだ動く右手で五芒星を描いた。
「“魔を封ず獄 急々如律令”」