小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

やさしい刑事 第一話 「蜃気楼の町」

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
しなびた漁師町の丘の上に、ポツンと立つ停留所にバスが停まった。
 バスから降りて来た中年男は、上着のポケットからゴソゴソとタバコのケースを取り出した。
 そうして物ぐさそうに、くしゃくしゃになったタバコに火をつけて吸った。
「ふぅ~う」中年男はうまそうに煙を吐き出しながら、一息ついた。
 バス停の下には、港町・U市の風景が広がっていた。どこにでもあるような田舎の漁師町だった。
「あんた。旅の人かね~?」
 そこへ、杖をつきながら近づいて来た人の良さそうな老人が、中年男に声を掛けた。
「えぇ、まあ…」中年男はそう答えた。
「もしかして、蜃気楼を見に来なさったんかね?」
「蜃気楼?…ですか」
「あぁ、この町は沖に蜃気楼が出るんでな~。時々、よその人が見に来なさるんじゃわ」
「へぇ…そりゃあ、見てみたいですね~。せっかく来たんだから…」
「見れるとええの~…たまにしか出ないからのぉ」
 そう言うと、老人はとぼとぼと歩きながら、丘の向こうに去って行った。
 見送った中年男は、タバコの吸殻を無造作に捨てると、古びた旅行鞄を手に、町の方に下って行った。

 いかにも田舎町らしい、こじんまりしたU市の警察署。その署長室に若い刑事が入って来た。
「失礼します、署長。お呼び出しを受けてまいりました」
「あぁ、来たかね近松君。待っとったよ」
 大きなお腹を大儀そうに持ち上げながら、署長は椅子から立ち上がった。
 そうして、応接椅子に座っている風采の上がらない中年男を、若い刑事に紹介した。
「こちらは本庁から、例の広域事件の捜査に来られた刑事さんだ。土地に不案内だから、君が案内して差し上げてくれ」
「はい、了解いたしました。署長」近松はそう答えた。
「よろしくお願いします。近松刑事」中年男はいんぎんに腰を屈めて、近松にお辞儀をした
「いぇ、こちらこそ。ええっと…」
「ヤマさんでいいですよ、いつもそう呼ばれてるので…早速ですが、聞き込みに回りたいんだが」
「はい、いいですよ。車を回して来ますので、少しの間お待ち下さい」
 そう言うと近松は一礼をして、車を出すために署長室を出た。
(本庁の刑事って、もっとキビキビして恐いのかと思ってたけど、普通のおっさんなんだなぁ~)
 近松は何となく安心すると同時に、今会った中年刑事に何だか頼りなさを感じた。

 近松が車を警察署の玄関に横付けにすると、その刑事はゆっくりとドアを開けて、助手席に乗り込んで来た。
「お世話になります。近松刑事」刑事は、またいんぎんに礼を言った。
「いぇいぇ、ヤマさんも大変ですね~。こんな田舎まで出張捜査って…で、いつ頃まで」
 車を走らせながら、近松は助手席に座っている刑事に尋ねてみた。
「う~ん。捜査に先行きのメドが立つまでだねぇ…」
「そうですかぁ~。例の広域事件って、マルモク(目撃者)も手掛かりもないんですってね。この町に何か?」
 近松がそう言うと、刑事は少しばかり困った顔をになった。
「あっ!済みません。余計な詮索を…まだ捜査中でしたよね」
 近松はしまったと思って謝った。捜査上の機密を聞くのはタブーだった。
「いや、いいんだ。しかし古い漁師町だねぇ、この町は…近松さんはここの生まれかね?」
 刑事は若い近松に気を使ったのか、わざと話の方向をそらせた。
「はい、この町で生まれました。ここは何でも室町時代くらいから続いている漁師町だとか」
「沖には蜃気楼が出るそうだねぇ~」
「あぁ、よく観光ガイドなんかに載ってるやつでしょ。でもねぇ~、たまにしか出ないんで、見れたら運がいい方ですよ」
「そうか~、たまにしか見えないのか。で…見たことはあるのかい?」
「えぇ、地元ですからね~。この町の沖合いで、南から来る暖流と、北から来る寒流が交わるんですよ。気象条件によって、出たり、出なかったりするんですがね」
「ふ~ん、蜃気楼もお天等さましだいって訳か」
「そうそう、この町には古くから伝わる伝説があるんですよ」

「ほう~、そりゃあどんな?」
「昔々、親を失くした少年と、竜宮から流されて帰れなくなった人魚が、磯辺で出会ったそうです」
「何だかよくありそうな昔話だねぇ~」
「淋しかった二人は、磯辺で逢瀬を重ねる内に恋仲になるんですが、人間と人魚じゃあ一緒になりようがない」
「まぁ、陸に生きる人間と、海に生きる人魚じゃあ、結婚はできないだろうなぁ」
「結ばれぬ恋をはかなんだ二人は、一緒に身投げしようとするんですが、どうしても二人一緒には死ねないんですよね」
「まぁ~、そりゃ二人して海に身を投げても、相手の人魚は死ねないわなぁ…」
「それで二人はどうしたと思います」
「さぁて、どうしたのかなぁ~?」
「少年は海に身を投げて死に、人魚は丘に身を投げて死んだ。つまり、二人はバラバラに死んだんですよ」
「う~ん、何だか可哀そうな話だねぇ…」
「蜃気楼は、最後まで一緒になれなかった、二人のさまよえる魂が見せている幻だとか」
「近松さんはその伝説を信じているのかい?」
「まさか…子供の頃はよく親に聞かされて信じてましたが、もう大の大人ですからね~」近松は苦笑いした。
「そうか~、でも、案外その話は本当かも知れないよ」刑事はそう言って微笑んだ。

 ニ、三軒の聞き込みを終えて、港に差し掛かると、浜辺に人だかりができていた。
「あれぇ?事故でもあったのかなぁ~。地元の駐在が来てる」それを見た近松が言った。
「行ってみるかい」
「えぇ、よろしければ」
 刑事と近松は、道路脇に車を止めて浜に降りて行った。
「お~い、土左衛門が上がったらしいぞ~!」
「吉行のやつが網に引っ掛けちまったってよぉ~」
 漁師たちが口々にそんな事を言いながら、辺りから集まって来ている。
 人だかりの真ん中には、ブルーシートに覆われた―どうやら溺死体らしいものがあった。
「えらいもん引っ掛けちまったよ~!縁起でもねぇ…」
 ブルーシートの側では、一人の若い漁師が何も手につかずに、おろおろしていた。
「駐在さん、見てくれよ~!二人とも手ぇつないだまんま離れねぇんだ」
 困惑しきった若い漁師は、傍らにいる駐在に、何かを一生懸命訴えている。
「ちょっと失礼」
 刑事は人だかりをくぐって、覆われている溺死体にスタスタと近づき、いきなりブルーシートをめくった。
「おぃ、おぃ、君ぃ~!勝手な事をされちゃ困るなぁ」駐在はあわてて止めようとした。
「心配ない。U署の者だ」傍らにいた近松が、駐在に警察手帳を見せた。
「はっ!失礼いたしました」駐在は即座に敬礼をして引き下がった。
「若い土左衛門だなぁ…しかも、一人は日本人じゃあない」溺死体をのぞき込みながら刑事が言った
「手をにぎったままで…こりゃあ、心中ですかねぇ~?」近松は、刑事に尋ねた。
「う~ん。ホトケはまだ子供にしか見えない。そんな歳で心中するかねぇ~」
「ともかく、すぐに鑑識を呼びます。事件かも知れないし…」
「あぁ、そうした方がいいだろう」
 近松は署に連絡するために、道路脇に停めてある車に引き返した。
 刑事は胸の中に、何かしら奇妙なものが湧き上がって来るのを感じた。