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ヤマト航海日誌

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人は、『宝くじは買わなきゃ当たらない』と言われて十枚を買ってみて、次の〈ジャンボ〉で二十枚買って、さらにその次の〈ジャンボ〉では百枚買ってしまうことがある生き物だ。それがもしも当たったとしてもロクなことにならないことをよく考えない生き物だ。今こいつを他人が読んでないものと知っていながら読んでる君をなんで信用できるものか。『ひょっとしてこの宝くじは当たるんじゃないか』という気持ちが君にないなんて信じられんね。

だから、そう言わせてもらうよ。おれの肘打ちはおれがやるからきれいな反則になるのであって、君がやったら無様な自滅を招くだけだ。それがどれだけ高等技術かわかっていもしない者が、他人の技を盗んでもダメだ――そうも言わせてもらうことにするよ。

人は手品師の技を見れば手品師に、ヴァイオリン弾きの演奏を見ればヴァイオリン弾きになりたいと思う生き物だ。音楽なんかまるきり何も知らなくても、『その〈グァルネリ〉だか〈ストラディバリウス〉だかを盗めばひょっとして、出渕裕が作るアニメの主人公のようにいきなり自分は神の腕を持つヴァイオリニスト、なんてなことになるんじゃないか』と思ってしまう生き物だ。他人の作の丸コピを考えることもあるだろう。盗みは悪いことだから、出渕裕が作るアニメの主人公のように持ち主を殺してブツをいただいて、『これはもともと自分のモノとなるべく作られたものだった』としたいと考えることもあるだろう。

そうや。人はそういうもんや。君だけやない。わいもや。わいも誘惑に弱いダメな男のひとりなんや。わいは小説であるならば、他人の作の丸パクリなど考えることはあらへん。けどな、写真やったらば、たまにそないなこともあるんや。

アンセル・アダムスの『ヘルナンデスの月の出』だとか、ロベール・ドアノーの『市庁舎前のキス』なんてのを見て、ゾクリとくると、これ撮ったんがわいやったらどんなにええかと思ったりする。いくらなんでもそんなのは名作中の名作として、どうやろうな、世の中には腐るほどの写真があって、腐らないから埋もれてるんや。アダムスとかドアノーとかを真似た写真もあるやろう。『2199』の作画と同じで、技術だけはたいしたもん持っとるもんがおるやろう。ドアノーよりカッコええように作った画(え)があるかもしれん。どれか一枚いただいてもうて、わいが撮ったもんとして人に見せるのどうやろうか。

まあもちろん考えるだけで決してやりはしないわけだが、しかし世の中、本当に、それをやるバカがいるらしい。〈アサヒカメラ〉って雑誌のいま出ている最新号――いや、もう次の号が出るところなんだった――だからええと、〈2017年2月号〉を古本屋で探してみるか、君の街の図書館に置いてあったら見てみたまえ。プロ写真家の写真を盗んで自分のブログに載せて、『コレハ私ガ撮ッタモノデース!』などとやるカーロス・リベラ気取りのバカがウジャウジャいるという話が特集記事になってるから。

やっぱ、いるもんなんだねえ。で、やっぱりバレるんだね。たいして売れてもない写真家の何千のうちの一枚でも、見ている者は見ていたりして、見つけりゃ『見つけたぞ!』と言う。犯人探しが行われ、特定されるもんなんだね。

最初は、『違う。盗んだのは向こうだ』とか、『アカウントを乗っ取られた』とか言うけどダメに決まっている。で、次には、

『何が著作権の侵害で何が侵害でないということはない。私が侵害であり、私がお茶漬けを食えばそれも著作権侵害だなどと言われるのは心外だ』

とかなんとか、わけのわからない理屈をこね出す。

そんな野郎がウジャウジャいるのだそうである。危ない危ない。やっぱり人の写真を盗んで『おれが撮ったものだ』と言って人に見せるもんじゃあねえな……とは思うんだが、どうだろう。

『ああいいなあ』と思うような写真を見れば、おれのこの手で同じ写真を撮ってみたいのは人情じゃないか。物事はまずは模倣から始まるものだ。『これはドアノーのパクリだ』と言って、キスの写真を自分で撮るのはぜんぜん構わないはずだ。

あるいは、前田真三はどうだ。カメラ雑誌の〈新製品情報〉のページには、二万円する〈RAW現像ソフト〉とかいうものが載ってたりして、カメラの付属ソフトではできない処理がいろいろとできるなんて書いてある。それを思えば二万円は安いなんて書いてある。よくわからんが二万円でも安いと書いてあるのだから二万円でも安いのだろう。パチンコで一回勝てばそのくらいのカネはすぐに作れるだろう。だからパチンコで勝てばいいのだ。

北海道の美瑛(びえい)に行けば前田真三が見たものと同じ景色があるはずなのだ。しかし光線の具合というのは刻一刻と変化して、心打つような瞬間にはなかなかぶつかるものではない。だが、しかしだぞ、二万円でも安いとかいうそのソフトがあればだな、おれが撮ったてんで冴えない風景写真に手を加え、前田真三が撮ったように変えてしまえるのではないか。

って、バカらしい。そんなことがあるわけねーだろ。雑誌に書いてあることなんか信用してたまるもんか……そう思って誌を閉じるが、でもな、やっぱりと、心の中で市橋達也が囁いたりする。それを買えばできるのかもしれないんだぞ。二万円でも安いというほど高性能のものなんだぞ。

撮影場所を調べてそこへ出かけて、撮って、写真集の通りに色を変えるだけだろう。空の色をこうしてやって、地面の色はこうしてやって、ワーイ出来たぞ前田真三そっくりだ。これはおれが撮ったんだから確かにおれが撮ったんだぞう。

まあそう言って、言えないことはないだろうな。だが、うれしいか、そんなもん? それにそこらのカメラオヤジとまるで変わらない気もするが……。

でもまあ、せっかく作ったんだから、女の子にでも見せてみよう。ねーねー、どうこれ。おれが撮ったんだけど。


「えっ、何これ、すっごーい! どうすればこんな写真が撮れるんですかあ?」

「フフフ。光が移り変わるわずかなタイミングを見極めてシャッターを切るのさ。カーロス・リベラの高等反則技とでも言おうか」

「なんか知らないけど、すごいんですねえ。こんなことができる人って憧れちゃう〜」


なんてやった数日後、その彼女から、


「見てください、あの写真、あたしのブログに載せちゃいまいしたあ。《先輩の撮った写真でーす》と付けて!」


と、投稿されている〈おれの写真〉を見せられる。えっ、ななななな、なんだって?

バカーッ! なんてことしてくれたんだーっ! もちろんたちまち見つかって、


「前田真三を盗んだやつを見つけたぞ! バカじゃねえのか。これがバレないと思ったのか!」


ちっちっちっ、違うんですよう。これはコレコレこういうもので……。


「言い訳するな、見苦しい! それでほんとと思えるような嘘をついたつもりなのか!」


だってほんとにそうなものはそうなんだからそうなんですう。


「そういうのをトートロジーというんだトーシロのアマチュアめ! プロの文章書きならば絶対使わぬ低級の技だぞ!」

作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之