小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ヤマト航海日誌

INDEX|120ページ/201ページ|

次のページ前のページ
 

2017.11.10 サイトのトップをねらえ!



『しばらく休む』と書いたのは嘘で投稿を続けるのだが、更新ペースを早めはしない。読者マークでも付かん限りな。

前回のログで触れたように、おれが君らの魂胆に気づいたのは例の〈六位〉の一件が元だ。それまで週にふたりほどしか読まれてなかった『ゴルディオン(そのときは「赤道の白夜」という題だったが)』が、冥王星を〈スタンレー〉と呼ぶ理由を明かしたところでアクセスが増え、一日に五、六人が開けるようになった。次に反射衛星砲を〈魔女〉として真田が挑む伏線だとわかる展開を入れてやったら、またそれを読む者達が一日に七、八人やって来た。

で、その後に艦橋裏の小展望室で古代と森が語り合うシーンを書いて出してやったら、そこで十人、二十人と一日の閲覧者数が膨れ上がり、瞬く間に四十人に達したところでその翌日に、このサイトのトップページに〈前日に六番目に多く開かれた本〉として表示されることになったのだ。

ところがなんとそこでアクセスがピタリと止まった。その日にわずか三、四人。そしてその翌日のアクセス数はゼロだった。その翌日もそのまた翌日もそのそのまたまた翌日もまたゼロだった。それ以降おれの『敵中』は、それまで以上にアクセスを受けないようになってしまう。これはどういうことなのか、そのときおれはまったくわけがわからなかった。

ただ、どうにもやっていて、妙な気配が感じられる。普段『敵中』を更新してもただのひとりも開けないことの方が多いのに、『和田アキ子の国』なんてのを入れてやるとそのときだけ十のアクセスがあったりするのだ。これはつまり、おれの投稿を窺って目次だけを見ているやつがそれだけいるってことなのか? 数少ないおれのフォロワーの全員がそうってことなのか? なんでそんな――。

ここではまったく読まれなかったおれの処女作『太平洋の翼』を他所(よそ)に出してこっちにリンクさせてやるまでずっとそんな調子でね。コピペができるとやっと知ったのもその頃のことさ。当時に比べりゃ今はマシだが、しかし今年八月に投稿を再開したときにもやっぱり目次だけを覗かれている感じがした。毎日更新しているときにはひとりたりとも読まないのに、ちょっと休むと途端に二十が開けやがるのだ。また毎日更新すると、すぐにピタッとアクセスが止まる。

これじゃあずっとこのまんま五日おき十日おきにやってくしかねえだろう。おれからしたらなんのためにやっているかわかんねえよ。目次だけを見るやつのために更新してんじゃないんだよ。どいつもこいつもおれが三月(みつき)で冥王星の話を書き上げそこで死ぬと思っていやがる。だから目次を。目次だけを――そんなやつらばっかりなんだというのがアリアリと窺えるのじゃ、やりにくくってしょうがねえよ。

だからコピペでおれを盗む考えを捨てろ! バカどもが! たぶん本気で企んでるやつもそんなにいないだろうとも思うが、結局みんな、誰も彼もが『ひょっとしたら』という考えを持ってんじゃねえのか? 冥王星で〈ヤマト〉が反射衛星砲と戦う話を〈スタンレーの魔女〉として書く小説が人知れずウェブ上にあるのを見つけたら、それは〈ストラディバリウス〉のヴァイオリンが君の眼の前、手の届く台に、《ご自由にお弾きください》のシールを貼られて置かれているようなものかもしれん。『まさか本物じゃねえだろう』と思いながら手に取ってみて、キーコキーコとやってるうちに、あるときこれはまぎれもない銘機なのだと気づいたならば、もう君は……。

オレのものだ、もうコイツは自分のものだという考えを持って決して捨てられなくなる。どうやらおれはそういうものを書いて出しちまったのかもしれんが、悪いけど、おれとしてはそんな気ぜんぜんありゃせんのだわ。『コート・イン・ジ・アクト』を売りたい一心だったのであり、おれからしたら『ヤマト』よりそっちの方が重要なのよ。こんなもんはタダで誰にでも読ませてやるが、宣伝目的でやってんだから宣伝にならなかったら意味がないんだ。バカども! 死ね! おれの『ヤマト』はおれが書いてんだからおれのもの。君に盗ませは致しません!

『ヤマト』で〈スタンレーの魔女〉か……いいアイデアと思ったけれど、いいアイデア過ぎたな、ちくしょう。それに、あそこまで読まないと、これが本物の〈ストラド〉だとわからないのがまずいんだよな。そりゃあ誰でも『ひょっとしたら』と思うか。ここまで読んだんだから、もうこいつは自分のものだと……。

ひょっとしたらルーズベルトの死によって日本が完全な滅亡だけは免れたように、奇跡が起きて島田が冥王星編を書き上げるかその直前でポックリと死ぬ。その確率はゼロではない(まあな)。そこで突然このワタシの眠っていた才能が目覚め、〈ヤマト〉の旅を書き継いでいけるようになる。島田よりずっとすごいアイデアが次から次に湧き上がり、島田よりいい文章が書けるように――その確率もゼロではない(ゼロだよ)。百万にひとつの可能性があるのだ(ねえって)。それを百パーにするだけだ(どーやって)。

奇跡だ、奇跡が起きてくれる。奇跡を起こせば確率論な無用なのだ。信じていれば奇跡は起こる。この小説はもうワタシのものなんだから、ワタシのものになってくれる。だってワタシのものなんだから……。

そういうのをトートロジーつーんだバーカ。同語反復。よく『この戦争に日本は勝つ。それはアメリカが敗けるからだ』なんていうのをトートロジーと間違えて呼んでいる人がいますけど、これは〈循環論法〉と言って同語反復とは似て非なるものです。同語の反復じゃないでしょうが。

そっちのやつは〈サーキュラー・アーギュメント〉と呼んでください。言葉は正しくね。

困ったことにそのようなフェノミナン(現象)が起きている。そしてそれが繰り返される。九月十月のこの日誌のアクセス状況を見ていると、一日の閲覧数が十を超えると次の日ガクリと落ち込むのだ。二、三人からやり直して四、五、六、七、八、九……と上がっていき、十を超えるとまたガクリ。読んでるやつの誰もが誰も、これがふたケタに読まれることを望んでいないのだろうなと、観覧車に乗って窓から見下ろす立場としては毎度本当にウンザリするのだ。

ひょっとしたら、ひょっとしたらだ。みんながみんな、ひょっとしたらこの自分が〈スタンレーの魔女〉として〈ヤマト〉対〈反射衛星砲〉の戦いを書いた者になれるかも、と考える。それには島田をこのサイトのトップページには行かせぬこと……たぶん本気でその考えでいる者はそんなにいないだろうけど、みんながみんなちょっと思う。ほんのちょっとでもそう思う限り、なんとかおれのカウントを増やさぬようにしようと努める。それにはたんに、目次だけ見てよっぽどおもしろいことが書いてありそうと思うときだけ開くようにすればいいのだ。うん。その通り。で、もし、日の閲覧数がふたケタになることでもあれば、


『いかん、今日明日はやめておこう、どうかどうかこれ以上に増えることがありませんように――』。

作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之