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ヤマト航海日誌

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「『ビルとテッド』をマリオンでやっちゃいけないようなもんですね」

「そうだ」


なんてなことを言うところだ。一体なんでこの人は、過去から来たのに出渕裕のことなど知っているのだろうか。何よりそこに大きな疑問を感じてしまうわけである。

〈零〉は正しい心で乗れば1.3倍の性能が出せる。〈マスタング〉や〈コルセア〉と互角にやれる――今の日本でもうみんながこの大ボラを信じてしまった。四倍八倍十六倍ではバカしかリアルと思わないが、〈当社比1.3倍〉というのが通販で欲しくなっちゃう数字だからだ。

そうとも、昔の日本人は、間違ってたから〈ヘルキャット〉に敗けたんだ! 〈マスタング〉と〈コルセア〉に敗けた! 〈零〉で敵に勝つために、必要なのは正しい心、それだけだ! 『永遠の0』を読んだから、もうボクには〈零〉を操縦できる力が備わってるぞ。1.3倍で飛ばす力が!

ここに一機の〈零〉があれば、ボクは飛び立ち715キロを出して空母に着艦を決められる。それは美しく軽やかにだ。驚く甲板員達に、ボクは笑って言うだろう、『なーに、「永遠の0」を読んだ通りにしただけですよ』と。

頭がもう完全にそうなっている人間が今の日本に千三百万いるという。実に人口の一割である。けれどもそれは今に始まったことでなく、日本人はその昔からそうだった。精神論で物事を決め、大和魂の持ち主ならば〈零〉を1.3倍、いや三倍、四倍八倍十六倍の力で飛ばせて当然だとさえ考えていた。1944年10月、〈レイテ海戦〉をひかえる頃には、空母の着艦訓練はデタラメなものになっていた。

それまでの着艦訓練は、段階を踏んでゆっくりと、事故ですべてがオシャカになるのをできる限り避ける考えで行われていた。けれども、もう、このときは違う。いきなり荒海に乗り出して行って、波に揉まれる船の上にサア降りろと命じるのだ。飛行甲板の真ん中にフェンスを立てて、前半分に飛行機を何十も置き並べる。着艦に失敗したらフェンスを破ってそこに突っ込み、今の値段で一機が何億円もする〈零〉が何機もオシャカになるのだ。


「そうなるのはイヤだろう。だから船の最後尾、もうギリギリのところに降りろ。お前に正しい心があれば、手引書ちょっと読んだだけでピタリと着艦を決められるはずだ。そうでなければ艦尾にガーンと突っ込んで死ぬ。さあ行け、グズグズするんじゃねえ。後が何機も控えてるんだからな!」


当時の日本海軍は本気でそう考えていた。ガダルカナルで敗けたのはパイロットらの精神力が足りなかった。それだけだ。今までの訓練のやり方が甘かったのだ。

だからこれから、死ぬか生きるかのやり方で行く。ここで死ぬのはどうせ元から無駄な人間ということだ。

というので無茶な着艦をやらせ、やった全機が失敗して艦尾に激突したのである。艦橋の中で提督はそれを眺めてうわはははと笑っていた。なんというブザマなやつらだ。ひとりとして着艦できずに死んでいくとは――まあいい。どうせ1.3倍で飛ばせんやつらということだから〈ヘルキャット〉にもかなうわけない。どれだけここで死んだところでなんの問題もないだろう、と。

しかし甲板作業員らは、誰もがみな青い顔して恐怖に身を震わせていた。当たり前じゃないかこんなの。成功するはずがない。みんな落ちるに決まってるんだ。誰でも落ちる。誰でも落ちる。こんな狂った訓練はお願いだからやめてくれ――。

彼らはそう言っていた。しかしもちろん提督は、やめる気などサラサラなかった。残るは二機! 日留(びる)と哲弩(てつど)だ。日留はおそらくダメだろう。あいつはこれ限りのやつだ――と思って見ていると、案の定ガーンと艦尾にぶつかって海の藻屑と消えていった。使えんやつめ。地獄でもどこでも行ってしまうがいい。

残るは哲弩! こいつだ、と提督は思った。長年の海での日焼けで、もはや黒人のローレンス・フィッシュバーンみたいな顔になっていた。

彼は思った。哲弩。こいつは他とは違う。他の者らと何か違うものを持ってると感じさせる。わたしにはわかっている。この哲弩こそ、わたしがずっと探し求めた男なのだ。

哲弩の〈零〉が空母に降りようとしている。そうだ。誰もが失敗した着艦に成功したときこの者は、〈嶺雄(ねお)〉と呼ばれることになろう。〈零〉を1.3倍で飛ばすことのできる男だ。〈零〉が1.3倍で飛ぶとき、〈稲場宇亜(いなばうあ)〉という技を使って敵の攻撃を躱すことができると言われる。哲弩が嶺雄になったなら、それをやってのけるだろう。

いいや、哲弩が嶺雄として真に覚醒したならば、銃撃などもはや躱すまでもない。〈零〉を1.3倍どころか、四倍八倍十六倍、三十二倍に六十四倍の力でもって飛ばすようになるだろう。迫るアメリカの艦隊など、ひとりで全部やっつけちゃってくれるのだ。

そうだ。哲弩こそ救世主……だから他の人間は犠牲にしてかまわない。お前ひとりを目覚めさすため、他を全部死なせたのだ。

さあ、哲弩! そこに降りろ! 見事着艦を決めてくれ! 提督は叫んだ。しかし次の瞬間に、最後の〈零〉は空母の艦尾にまたも激突したのである。

甲板作業員らは言った。そうさ、当たり前だろう、と。こんなことが一発でできる人間がいるもんか。誰でも落ちるに決まってるんだ……。

だが提督は、「嘘だーっ!」と叫びながら甲板に出てきた。艦尾へ走る。嘘だ! 嘘だ! 哲弩が死ぬはずがない! 日本を救う救世主となる者なのだ! わたしの見立てに間違いがあるはずがない!

エエイ離せ、哲弩はまだ生きている! わたしの口づけを待ってるのだ。わたしが彼を捕まえて、ブチューっと唇を重ねたら、そのとき彼は真の覚醒を遂げるのだーっ!

と、提督は海に叫んだ。しかしそのような奇跡は起こらず、すべての空母とそして〈武蔵〉がレイテに沈み日本海軍機動艦隊は壊滅する。残るは〈大和〉とわずか数隻……。



 永遠の0点男・野比のび太の覚醒を信じた者達の末路であった。



戦争で勝てるやつは悪党だ。賞金稼ぎで稼げないやつは能無しだ。一等賞金五億円の宝くじが当選する確率はとてもとても低いものだ。とてもとてもとてもとてもとてもとても低いものだ。けれども赤木博士は言う。



 「あら、〈零〉ではなくってよ」



奇跡を起こせばいいのだから。奇跡を起こせば確率論は無用だから。〈赤城〉に乗った提督・南雲は奇跡を信じぬ男だった。であるがゆえに能無しだった。南雲を見習ってはならない。戦争で勝てるやつは悪党だから、ワルになれ。〈零〉に乗りたきゃ本来の搭乗員を殺して奪え。『2199』で古代と山本がそうするようにだ。そうしてあのふたりは三倍の力を持った。出渕裕が正しい心の持ち主だから、宝くじは買えば当たる。


「当たるわけないよ! 宝くじなんて、買っても当たるわけないよ!」


シンジが言うが、しかしミサトは、


「シャキッとしなさい、男でしょう! あんたみたいに買う前から当たるわけないと決め付けて、宝くじを買おうとしない人間見てるとムカムカするのよ!」


そしてアスカも、

作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之