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ヤマト航海日誌

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2017.8.20 スタンレーの魔女は今も笑うか



ニューギニアのジャヤ山と言えば長い間その標高は5030メートルとされてきた。しかし最新の地図で見ると、その数字が違っている。去年の地図ではまだ《5030》だけど、今年の地図では《4884》。これは去年にどこかの国が核ミサイルで山頂を吹き飛ばしでもしたのだろうか。

そうだとしたら冥王星を〈準惑星〉としたのと同じく許しがたい行為である。『ウェールズの山』という映画でも、ウェールズの村を訪れたケーリー・グラント演じる主人公が小さな山のてっぺんを突き崩したばっかりに、怒った村の人々に殺されかけて山を逃げる。よく覚えてないのだが、確かそんな話だった。

ええとなんだっけ。村の駐在警官は、右と左の目ん玉がつながっていて、モヒカン刈りで、拳銃を抜いてバンバンぶっぱなす。「貴様ーっ! よくも我が村の山を削ったな、逮捕だーっ!」と。

その姿が、主人公の忌まわしい過去の記憶を呼び覚ますのだ。実は彼には、その昔、○○○○に○○をつけたニューギニアの○○に追われて命からがらにスタンレーの山を逃げた過去があったのである。その記憶はトラウマとなり、今でも彼を苦しめていた。彼は一個の平石を研いで大きなナイフにし、竹を切って弓矢を作り、今に自分を狩る者達との壮絶な闘いを始めるのだった。

そしてクライマックスは、歴代のウェールズ王の顔が彫られた断崖での手に汗握る追跡だ。これぞスリルとサスペンス――『ウェールズの山』とはそんな映画だったとおれは記憶している。確かね。一度テレビで見たきりでよく覚えてはいないのだけど、何しろおれが最後まで結構楽しんで見たんだからそんな映画でないはずがないよ。

〈スタンレーの魔女〉と呼ばれる〈ジャヤの頂〉の今の測量値は4884メートルであるらしい。しかし、けれどもそんな話は、大きな声で人に言わない方がいい。

命がいくつあっても足りない。きっと地図上の数字を変えた人物は、今はこの世にないであろう。冥王星を〈準惑星〉にした者達も、みんながみんな木に吊るされているはずだ。

どうせ普通の人間は誰もジャヤなんて山のことはそもそも知りもしないのだから、黙っていればわかりゃしない。聞いても何も聞かなかったことにして、そっとしとくのが身のためである。

そうだろう、君。ウンチクなんて、時とところをよく選んで使わないと人をウザがらせるだけだ。そうでなくても、人に向かって、


「ねえ知ってる? ジャヤ山てさ、5030メートルと言われてきたけど、実は4884メートルなんだぜ」


と言ってみたって相手はキョトンとするだけだぞ。ジャヤって、なんじゃや? その山頂が核で吹き飛ばされたからって、アタシになんの関係があるというんじゃや? そう言われておしまいだ。

いや、あの、ジャヤっていうのはね――そう説明しようとしても、その説明が大変じゃないか。そんなことのためにどうして、命の危険を冒さなければならないのか。

だから〈魔女〉の高さについては、これまで通り5030メートルということにしておきたまえ。おれもそうする。絶対、絶対、どこにも今は4884メートルなんてことは書かない。

それが大人だ。悪いことは言わん。君の命のためであるし、君がつまらない人間だと人に言われないためでもある。おれは決して人に教えず、自分の胸にしまっておいて、観覧車にでも乗ったときだけ下界を眺めて心の中で笑って言うのだ。フフフフフ、アリどもめ。お前達は〈スタンレーの魔女〉が4884メートルだというのを知らんだろう。おれは知ってるんだぞ、ザマーミロ、と。

〈ザ・コクピット〉の『スタンレーの魔女』は、シリーズ中でも屈指の名作とされている。冷静に読み直してみると、『なんでわざわざ山脈のなかでもいちばん高い山の上を飛び越えねばあかんねん、尾根の鞍部(あんぶ)を行きゃあええやん』、と思ってしまう話なのだが、そこに気づかねば名作だ……ああ、いけない。おれはやっぱり、『ウェールズの山』の主人公と同じことをやっている。気づいても気づかぬフリで黙っていればいいものを……雉も鳴かずば撃たれまいに……。

『第三の男』の中の〈第三の男〉。あの男と同じことをやっている。なんでお前、ペニシリンを水増しで売るようなことをするねん。それやったらただの食塩水でも売れば元手はタダだし薬にはならない代わりに毒になることもない。罪状は〈詐欺〉で済むところが、そんなエゲツないことするから目ん玉つながりどもに追われて下水道を逃げなあかんことになるんやないか。せやろう。お前、ただのアホや……。

ああ、いかん。言ってるそばからまたやってしまった。あの映画を傑作中の傑作と讃えるやつらに殺される。『第三の男』こそはエベレスト。あの孤高の名峰を〈ウェールズの山〉にしてしまうとは……。

なんたる罰当たり。あの映画を三百回も見たというやつらにおれは殺されてしまう。

松本零士は〈心に残る映画は何か〉と聞かれていつも『わが青春のマリアンヌ』だと応えるらしい。おれも一度、あの先生がテレビでそう語っているのを見たことがあるが、何がそんなにいいんだろう。三百回も見てるんだろうか、その『マリアンヌ』ってえやつを。その映画をおれは見てないしあまり見たくもないのだけれど、ねえ、まずその題名がさ。好きだとしてもテレビカメラに向かってよくも口にできるよな。

そう思うよね。それこそは『スタンレーの魔女』の原典なのであろうという気もするが……。

前に書いたがおれにとってのそれは『ミッドナイト・ラン』である。よかった。変な題名じゃなくて。何がそんなにいいんだと聞かれたとしても困るのだけど、まあ三十回は見ている。去年も見たし今年も見たけど、測量結果は〈やっぱりこれだ〉で変わらぬままにおれにとってはエベレスト。しかし普通の人が測ればせいぜい4884か5030止まりだろう。

男でなきゃわかるものか、この気持ちが……しかし、それとは別にだね。よくいるよな、『第三の男』。あれが最高、完璧だって言う人が。

おれより歳が上のやつは、ほとんどみんなそうなんだよ。いい。何から何までいい。すべてが完璧で最高なんだ。そして最高で完璧なんだ。何十回見てもいい。

ねえ。言うでしょう、昔の人は。君も聞いたことあるでしょう。おれはねえ、わからなかったよ。説明が、説明になっていないと思っていたよ。見る機会を遂に見つけて、見て、ウーンと思ったけどね。この映画のどこが映画のエベレストなのか……。

『わが青春のマリアンヌ』をおれは見ていないけど、『第三の男』だったら何度か見てる。最初に見たのは早稲田の名画座で、『市民ケーン』と併映だった。映画館を出たおれは、ウーンと考え込んでしまった。この二本の一体どこが名画中の名画なのやら……。

いや、まあ、例のアレとかね、アソコなんかはゾクリとさせられもしましたよ。「いい」「いい」「いい」と人に聞かされるばっかりで、どんな映画か何も知らない。テーマ曲がタラララランであるというのと、後はそうだな、なんとかいう小説に、ラストシーンがエルム並木だなんて書いてあったの読んだ程度の知識しかない。それで劇場であれを見たから、アレとアソコにはゾクリときました。
作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之