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ぶどう畑のぶどうの鬼より

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5 医者と農夫



未だに
懲りずに
日に1ぺんは
俺と悶着
起こすけど

おまえはもう
田舎の暮らしを
面白がってる
見てればわかる

俺だけじゃない
会えば村じゅうの
人たちが
そう うなづいて
目を細める

おまえにとって
田舎の空気が
心地よく
なってきたのと

俺の心の中に
おまえが
するりと
もぐり込んできたのと

いったいどっちが
先だったろう

とはいえ
村の保健所に
足しげく通う
おまえの目当てが
ソウルから来た
医者先生だと
判った日

ああそうかと
これまた妙に
納得した

大学だか
大学院だかを出て
“研究の成果を実地で”と

意気に燃える
男がふたり
いたとする

でも現実は?

医学を学んだ
医者先生なら
世間はそれを 
“臨床”とあがめ

農業学んだ
農夫には
“田畑仕事”と
あざ笑う

幸か不幸か
俺が夢中に
なったのは
ぶどう

人知を超えた
摩訶不思議な
畑の命

食べれば誰でも
笑みを浮かべる
甘い宝石

世間が何と
あざ笑おうと
ぶどうは俺の
誇りだった

ただの一度も
恥じたことない
この自負を

俺には
縁もゆかりもない
おまえの意中の
医者先生が
ものの見事に
こっぱ微塵に
してくれた

ただの一度も
恥じたことない
この自負が

今度ばかりは
あまりにも
みすぼらしくて
惨めだった

考えてみりゃ
火を見るよりも
はっきりしてる

畑仕事?
しんどくて
汚くて

そうかと言って
今年も実る
保証があろう
はずもなし

こんな辺鄙な山里じゃ
時として
世間から
取り残されたと
落ち込みもする

遠からず確実に
都会に戻る
好男子の医者先生が
見染めたんだ

人も羨む
医者の夫人の
肩書きが
すぐ目の前に
転がってるんだ

どこのイカれた
物好き女が
畑仕事の
雇われ男に
興味を持ったり
するもんか

それからほどなく
村のはずれの
あぜ道で
医者先生の
車と不意に
すれ違った日

鈍い俺でも
わかるようにと
思ったか

痛烈に
見せつけられた

医者先生の
洒落た車は
おまえと
おまえの家族を乗せて

挨拶だけは
慇懃無礼に
これ見よがしに
走り去った

あんな田舎の
泥道には
勿体ないほど
颯爽と

キョンスク用の
干し草を
山と背負った
俺の見ている
目の前を

助手席の
おまえの笑顔は
上品で
まるで別人

ご教示いただいた
礼がてら
この際 俺も
一言言わせて
もらっていいか?

俺の知ってる
おまえの笑顔は
あんなじゃない

長ぐつが
片方ポロっと
脱げただけで

手押し車が
あぜの小石に
よろけただけで

いい年した女がと
呆れるくらい
おっきな口を
おっきく開けて
腹の底から笑うのが

俺の知ってる
おまえの笑顔だ

ど素人の
おまえ相手に
誰が聞いたって
理不尽な
ぶどうの講義

熱が入ると
所かまわず
始める俺に
文句も言わず
聞いた端から
書きとめて
のみこもうとする
素直さも

先に家に
帰れと言っても
「帰れないでしょ
仕事中の人
残してなんか」と
頑固に手伝う
情の深さも

俺にムシャクシャ
する度に
豚小屋の
キョンスク相手に
あることないこと
ぶちまけたがる
無邪気さも

愉快どころか
愛しくて
たまらなかった
いつのまにか

だけどこの先
おまえが俺を
男として見る
はずもない

俺はあくまで
ぶどう畑の
雇われ人
それ以上でも
以下でもない

ため息だって
引っ込みそうな
確かな事実

ひとり相撲で
バカを見るのは
この俺だ

車が彼方に
遠ざかる
以上におまえが
遠かった

作品名:ぶどう畑のぶどうの鬼より 作家名:懐拳