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俺をサムシクと呼ぶサムスンへ(上)

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第9部 主賓に売ったけんか



今日 朝一番
記録が途切れた

オープンして3年

うちのレストランで
イベントがある日は
誰よりも先に
店に入ると
ずっと決めてた

朝6時
通りぬけようとした
厨房で
パティシエがひとり
もう汗だくで
大量のシューと
格闘してた

人に言うほどの
ことでもないけど
内心誇りに
していた記録

オジャンにしてくれた
張本人は
そんなこと
露も知らずに

“仕事に
私情なんかはさまない”

横顔には
そう書いてあって
話しかける
隙もないほど真剣で

遠くから
眺めて思わず
苦笑した

上等だ
心おきなく作れ

ふられた男の
ケーキぐらい
あんたなら
作りかねない

どうせなら
来た客全員
唸らせろ
それこそ奴への
最高の手切れ金

地下鉄で
思わずこっちが
のけ反るほどの剣幕で
赤裸々な
恋愛論をぶち上げて
俺を見事に
黙らせたのは
1週間前

その返す刀で
奮闘すること
数時間
あんたはとうとう
作り上げた

自分をふった
昔の男の
婚約祝いの
クロカンブッシュ

「祝婚約」の
プレート飾りも
抜かりなく

ゆうに
1メートルは
超えそうな
堂々たる
クロカンブッシュ

掛け値なしに
力作だった

なのに
作った主はと言えば
その力作を
ひっさげて
天敵に
アッカンベーしに
行くでもなく

やおら
厨房の物かげで

悪いことした
子どもみたいに
息をひそめて
ホールの主賓を
見つめてた
涙ぐんでた

-見なかった
ことにしてやれ
知らんぷりして
やるのが親切-

頭の中で
声がした

-そら見たことか
だから言ったろ
やめとけって
プロ根性なんて
きれいごと
この強情っぱりの
お人好し-

そう
言いたくもなった

-地下鉄で
あれほど偉そうに
怒鳴ったくせに
あんな男が
まだ恋しい?-

そう
訊きたくもなった

だけど
それより何より
オーナーの俺の
声がした

-早く泣くのを
やめさせろ
グズグズしてたら
今に誰かの
目にとまる-

たまたま偶然
通りかかったふりをして
どうにかこうにか
口から出たのは
結局たったの
この一言

「ケーキ 上出来だ」

パーティーを断るなり
ケーキだけでも
外注するなり

方法なんか
いくらもあった
無理やりにでも
するべきだった

あんたの向こうっ気に
あっさり負けて
いや甘えて
結局
むごい仕事をさせた

どのみち
こうなることぐらい
はなから
うすうす
判ってたのに

頑固なパティシエ
野放しにした
俺のせい
監督不行き届きの
俺が悪い

いや
俺は何度も
しつこく止めた
聞かないあんたの
自業自得

いくら考えても
堂々巡りで
ただでさえ
後味悪い
宴のあと

いきなり耳に
飛び込んできた
最高に
後味悪い
主賓の声

うちの有能な
パティシエに
いや
俺の大事な芝居相手に
こともあろうに
うちのレストランの
ど真ん中で

盗み聞きなんか
したくもないのに
いやでも耳に
飛び込んできた

今さら惜しくなったって?
今度はよりを
戻したいって?
めでたい婚約
すませた直後に
昔の女に
言い寄ろうって?

呆れて
言葉も出なかった

でも
はらわた
煮えくり返ってたのは
俺だけで

さっきまで泣いてた
カラスのあんたは
子どもでも
諭すみたいに
穏やかで

奴に渡した引導は
あまりにも
鮮やかで

俺はあやうく
物かげで
拍手喝采しそうになった

「とっくに終わった
ことなのに
あんたには
プライドの
かけらもないの?
立つ鳥は
後を濁さず
去るもんでしょ?

思い出まで
汚さないでよ」

100歩譲って
拍手するのは
我慢した

そしたら無性に
加勢して
やりたくなった

出しゃばって
気を悪くしたなら謝る

奴と俺と
ムードも最悪な 
男2人にはさまれて
あんたがあの場を
逃げ出したのは
無理もない
かえってよかった

教えてやるよ
女のあんたじゃ
できないダメ押し

痴話げんかには
男対男でなくちゃ
効果なんか
全くゼロの
ダメ押しってのが
ひとつあるんだ

「俺の女に 
ちょっかい出すな
この次は 
ただじゃすまない」

気がついたら
口が勝手に
けんか売ってた

胸ぐらまで
つかんでた

いくら何でも
相手はうちの上客で

しかも
タキシード姿の
本日の
主賓なのに