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終わりから始まる物語

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別れよう。
 君が私にそういったのは、少し寒かった9月の事だった。いつのまにか人々は長袖に衣替えしていて、私はまだ半袖を着ていた。長袖なんかきてやるか。夏が終わってしまう気がした。君が消えてしまう気がした。そんな私の強情をよそに季節は移り変わり、すっかりと白いものが降り始めた時、自殺しようと私は決めた。恋愛などつまらぬと人は言う。しかし私は恋愛みたいにちっぽけな事に命を懸けて生きる事こそ、人生は面白いと感じるのである。
 自殺するには何が必要なのか。何もいらない。少しの覚悟と次に何が待っているのかという期待。どんな自殺をしてやろう。一瞬で決めたいものだ。となると飛び降り自殺であろう。しかし私にはなぜみな飛び降り自殺をするのかが分からぬ。上から下へ落ちていくなど私はいやである。たしかに血が四方八方に飛び散る様はまさに豪快だと思うが、実際の飛び降り自殺などは低く骨の砕ける音が鳴り響き、その死に顔なんてものはみるに耐えないものである。
 では首つり自殺はどうであろう。あれは死んだ後が滑稽すぎるのだ。紐に吊るされた人間なんて笑わずにはいられないだろう。それが左右にふらふらとしていたらもうそれはお笑い芸人顔負けの滑稽さである。
 では腹切りはどうか。まさに武士の死に様。その死に様はどんな桜の花びらよりも美しく散っていくのである。しかしこれは痛い。注射針ですら痛いのに、自分の腹をかっ切るなんて行為ができるものか。気が狂ってないとできないであろう。私はまだ気は狂っていない。
 そんな事を考えているうちに腹が空いてきた。最後の晩餐である。奮発してどこか高級料理でもつつきたいものだ。そんな金はない。笑えてくる。最後の食事ですら贅沢できないなんてひどいものだ。とりあえず駅前のちいさい居酒屋にでも行くか。酒が無けりゃ話にならない。
 「いらっしゃい。」
 いつもいつも小汚い居酒屋ってのはうるさくてしょうがない。とりあえずカウンターに座り、酒と軽食を頼んだ。となりの禿げたおっさんが愉快に笑っている。何を笑っているんだ。こっちはもうすぐ死のうとしてるのだぞ。馬鹿だなぁ。
 「よう。兄ちゃん。元気かい。」
 これから死のうとしてるやつに元気かどうかを聞いてくるなんて馬鹿じゃないのか。
 「私はこれから死ににいくのだ。」
 なぜ私は素直に答えているのか分からなかった。
 「そうかい。そうかい。そりゃ丁度いい。俺も死のうと思ってたんだよ。」
 おっさんはそういうとしっかりと椅子に座り直した。
 「どこで死のうか。」
 そう私に問いかけるとおっさんは笑顔になり、私を困惑させた。この人はこれから死ぬ人じゃない。
 「あんたは死なないぞ。死ぬ感じがしない。」
 私はそう答えた。
 「なぜそう思う。」
 おっさんはそう投げかけた。
  気づくと私はおっさんに揺すられていた。
 「おい。死ににいくぞ。」
 ずいぶんと酔ったようだ。頭がぼぉっとする。私は何をしたかったのだ。自殺か。そうだ。自分を殺すのだ。
 私は急に怖くなった。いやだ。喉が乾いた。眠たい。動きたくない。怖い。
 「お前、死にたいんじゃないのか。」
 おっさんはそういうと私の横に座った。いつのまにか流れた涙はすっと私の口の横を通っていった。なぜ私は死のうと思ったのか。なぜそんな事を考えていたのか。まったく思い出せない。女に捨てられたからではない。それはきっかけであり、理由ではないのだ。私は生きるために死にたかったのだ。生きている実感を得るために死にたかったのだ。そして私はここにいるのだという事を誰かに知ってもらいたかったのだ。そして私は分かった。生きるのには理由はいらないのである。ここで私が恐怖を感じている事、それこそが生きているということなのだ。
 おっさんは黙って席を立つと外へ歩き出した。私はすぐに追いかけたが、おっさんはもういなかった。
 
 居酒屋に戻るとそこには解けた氷の入ったグラスが一つあるだけであった。
作品名:終わりから始まる物語 作家名:荒岸来歩