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アキちゃんまとめ

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僕の小鳥が笑った


私の所属する大学病院からは週に一度だけ出張をする。水曜日は少し離れた診療所を手伝う日であり、そこの所長女医(といっても前期高齢者ではあるのだけど)と共に患者さんの診察にあたる。その日、私が受けた患者さんは内科症状で病院に来たようだ。
眩暈と嘔気、それから食欲不振。私は初診問診票を看護師から受け取りながら残暑の厳しい中での夏バテだろうかと考えた。この時期にはよくあることだ。年齢も若い。
ホルモンバランスの崩れだろうと思いながら診察に通した少女を見て、私は自分の目を疑ってしまった。深い緑の色に水色を混ぜた髪の毛は、まるで鬘のようだと思う。しかし私も医者のはしくれだ。それが痛んでいようが本物かどうかくらいの判別はつく。そして内心を悟られないくらいのポーカーフェイスは身に着けていた。
私は問診票に書かれたことを確認しながら少女にいくつか質問をする。それから数日前から微熱傾向だということを聞き、採血指示と検尿指示を補佐の看護師する。少女は不安そうな顔をしている。こんな髪の色をしていても、白衣を見るのは恐ろしいのだろうか。別室で採血を受けるようにと指示された少女は素直に従い、私は看護師の声を傍らに聞きながら検査票に検査内容をチェックしていく。
そして、その項目にチェックを入れたのは、医者の勘だったのかもしれない。
簡易検査結果が出るまで再び待合室で待機するように言われた彼女は素直に頷いていたようだ。私は結果が出る間に他の患者のカルテを捲った。

看護師が私に検査結果を手渡してきた時、私は溜め息を吐きそうになった。そうしてもう一度、待合室に居るだろう少女を呼び込む。
少女は黒い丸い椅子に上品に座り、私の目を見てくる。揃えられた膝、素足ではなくきちんとストッキングを履いているそれがスリッパに収められていた。

「落ち着いて聞いてくださいね」

それを前置詞にしたのは、少女の年齢を加味してのことだった。ワンクッション置かなければいけない、と私は思った。私はこの目の前の患者をずっと少女と呼んでいる。
それは、彼女が未成年だからだ。
そしてこれは私の医者としてではなく、女としての勘が、少女の育ちの良さを感じ取っていた。奇抜な髪色に現代的な服装。けれどそこにあったのははしたない女によくある下品さや野蛮さではなかった。清潔感を感じさせる爪先、健康さと儚さが同居する唇。私には、少女が尻軽な女であるとは思えなかった。

「妊娠されています」

私の容赦の無い言葉が、少女の相貌を見開かせる。

「思い当たる方はいらっしゃいますか」
「は、い」

私は、おめでとうございます、という言葉を敢えて選ばなかった。ただ静かに、少女をしっかりと観察できるように喋る。
妊娠二か月目。ここまで早く発見できたのは幸いだった、と私は思う。誠実な付き合いをしていて、しっかり避妊をしていたとしてもそれは完全ではない。未成年同士であれば、この問題は当人同士のみとはならない。私は今、少女がどういった状態であるかを伝え、まずは自分の身体を第一にすることと伝えた。少女は時折、膝の上で作られた自分の握りこぶしに視線を落としていたが、それでも必死に私の目を見ていたと思う。
私は役所手続きや届け出の説明用紙を手渡しながら、もう一つの選択肢を提示する。この瞬間は、私が医者になってから嫌いな瞬間のナンバースリーに入る。けれども、これは私が医師であるうえで、そして少女が女であるが故の責務である。

「……堕胎を希望される場合は、こちらの用紙が必要になります。未成年であれば、親の同意書も」

書類の束の一番下、複写用紙になったそれを見て、少女の唇は微かに震えた。それらをまとめて受け取る少女の指先は心なしか当初より白くなっていたように思う。
私は重ねて伝えるべき言葉を考えあぐね、それでも三か月検診には必ず来るように、と告げた。私はこの時、きっと少女は、悲しい選択をするのだろうなと思っていた。迷いが表情に出ていたからだ。私は少女の歩んできた人生を知らない。少女が私の歩んできた道を知らぬように。
少女が立ち去った診察室の中で、私は彼女の名前をもう一度、脳内で反芻した。

その一か月より少し前、再び少女はやってきた。私の危惧など吹き飛ばすような穏やかな表情で。
奇抜な髪色も、独特な色合いもそのままに、けれどもスカートはロングのものに変わっていた。それになにより、少女は一人ではなかった。
私は当初、その人を少女の兄だと思った。もしくは若い父親。けれども共に診察室に入ってきた彼は、私が何かを聞くよりも早く、前回の少女と同じように私の目をまっすぐに見つめながら言った。

「彼女の、夫です」

私の心の中に、すとん、と回答が落ちてきた。ポストに投函されたばかりのそれは私の心を幾分か揺らし、やがてその波も消え去った。
あぁ、そうか。
夫だと名乗った彼は、彼女の半歩後ろに、同じような黒い丸椅子に腰かける。瞳が細く、唇は引き伸ばされている。一見不機嫌にも見えるだろうその表情で、しかし彼の左手の薬指には確かに彼女と同じ指輪が光っていた。
私はようやく生きた心地になり、彼女から小さい手帳を受け取る。そして三か月の欄を開きながら、同時にパソコンを操作すべくマウスに手をかけた。
ここは内科を中心に見ている小さな診療所で、出産は行えないこと。産婦人科は周囲にいくつかあるが、どれにでも行ける様に紹介状を今から書くこと。一つずつを確認しながら伝え、私は彼女のこれからを見られないことを少し残念に思った。
彼女は大事そうに返却された手帳を受け取る。それを自然な動作で彼が取り、持っていたバックに仕舞い込んだ。一つ一つの所作が、彼女の一挙一動を気にしながら行われている。それはまるで主人の指示を待っている忠実なシェパードのようでもあった。
私の仕事はこれで終わりなのだろう。あとは彼と彼女が何処かの病院を選び、穏やかなままに時が過ぎていくことを祈るばかりである。
はた、と私は一つ思い至った。そして彼女が退席しようとした直後に、呼びかける。

「荒北アキさん」

彼女はくるりと大きな瞳で私を見た。私は柄にもなく、そっと笑う。

「おめでとうございます」

瞬間、彼女は花が綻ぶ様に微笑んだ。彼女よりも一回り以上も年齢の離れた私でさえ、思わずドキリとさせられるような、一点の曇りもない、それはそれはたいそうに美しい笑みだった。



※妊娠したアキちゃんと実は内心ですっごいドキドキしてた荒北さん(2015/01/18)
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ