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アキちゃんまとめ

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この世で一番贅沢なたべもの


ぽんと差し出されたそれが、あまりにつやつやと美味しそうなものだから、私はとても嫌な顔をしていたんだと思う。

「食べないのか?」
「…………食べる」

福チャンは食後のデザートにとアップルパイを(なんと1ホールも)買ってきた。それはいいんだけれど(1ホールなのは目を瞑るとして)、私は行儀悪く両肘をテーブルについて、大きく溜息を吐いた。
福チャンは甘やかされるタイプだ、と隼人くんが言っていたけれど、こういうときに私はその言葉の意味を実感する。逆じゃないのか、と言われそうだけど、私は福チャンが、まるでご主人様の傍をくるくると回る子犬のように思えるのだ。
つるりと光るパイ生地は程よい狐色をしていて、夕食前の空腹にはとても堪えたけれど、ともかくまずは食事からだ。私はすっかり得意になってしまっていたタケノコご飯をよそい始める。

「これ以上太ったら福チャンのせいだから!」
「?」
「最近、ほんとに、体重増えたの!」
「……あぁ、わかった」

福チャンはまったく分かってなさそうな顔で椅子に座って、いただきますと手を合わせた。福チャンのお土産攻撃はこれが初めてじゃない。最初は果物、ご立派なケーキ、和菓子、私に食べて欲しいといろんなものを買って帰ってくる。二人暮らしなんだからこんなに食べれない!と怒ったのは痛みやすいショートケーキなのに1ホールも買ってきたときだ。
福チャンはその時も申し訳ないという顔をして、謝った。本当はその時、私はもっと素直にありがとうと言いたかったから、しばらくずっと罪悪感に付きまとわれて、福チャンの顔を見れなかった。でも、二週間くらい経った頃、福チャンが物凄く困った顔をして帰ってきて、私に小さな小箱を渡してきた。その中には二粒の、小さなとこレートが入っていて、私は訳も分からず泣きたくなった。何も言えなかった私に、福チャンは「やっぱりダメか」と見当違いなことを言ってオロオロして、それがとてもかわいらしかった。私はどうにか小さな声でダメじゃないと言って、二粒のチョコレートを分け合って食べた。ストロベリーとアーモンドだった。
その晩のベッドの中で、福チャンは私が食べているところが好きなんだと言った。美味しいものを食べて、いつも笑っていてほしいと思うんだって。私はよく分からないままに頷いて、じゃあしょうがないねって言ってみた。それからまた少しずつ、福チャンはお土産を買ってくるようになった。生ものはぎりぎり食べきれる量。それでも日持ちするものはやっぱり多い。1ホールものアップルパイは福チャンの中では焼き菓子に分類されて、冷蔵庫でなら少しもつと思ったんだろう。
私たちはごちそうさまをして、キッチンに並ぶ。すぐに食器を洗うのは、水につけておくとお椀が痛むからだ。それに後回しにするといろいろやっかいなこともある。
私はアップルパイを恭しく箱から取り出して、綺麗な円形をしたそこにどうやって包丁を立てようかと考える。別に食べきれなければお裾分けしたっていいんだけど、福チャンの愛情を他の人にあげるみたいで、私は嫌だ。私が福チャンを選んだように、福チャンだって私を選んだんだから。

「アキ」

独占欲の塊みたいになっていた私の名前を福チャンが呼ぶ。
洗い物を終えたその手で、私のおなかに手を回すようにしてすり寄ってくる。くすぐったくてこそばゆい。

「さっきの話だが」
「?」
「俺はお前が太ったとしても、嫌う理由にはならない」

福チャンはさらりとそう告げて、私のおなかや腰をするりと撫でた。私は熱くなった目で何回も瞬きをして、ぎゅ、と唇を引き締める。だってこんなのは反則だ。そんなに優しい声で言うなんて。
私はいよいよ悔しいのか嬉しいのか分からなくなって、アップルパイを元の通りに箱に入れ始める。焦った福チャンがおろおろとしているのが分かったけど、気にせず包丁も元通り。それからぐるりと後ろを向いて、大きく背伸びをして抱きついた。
ね、じゅいち、と滅多に呼ばない下の名前で呼んで、目の前の首筋にもぞもぞと鼻を摺り寄せる。

「すき」

くぐもった音も、どうにか福チャンの耳に届いたみたいだった。福チャンはもう一線を退いたとは思えないくらいの力で私を軽々と抱き上げて、一目散にバスルームに向かっていく。私は福チャンの腕の中で揺られながら、当分食べられそうにないアップルパイに心の中で謝った。
だって福チャンの一番好きな食べ物は私でしょう?




※はるだから ばかなくらいで ちょうどいい(五・七・七)(2015/05/01)
作品名:アキちゃんまとめ 作家名:こうじ